第61話:陰に迫る鬼
第六十一話
夏休みという事で目的地に行くまで人が多かったりする。子供、カップル、子供連れなどなど、公共交通機関のどれもが今日に限って多いと言うわけではないのだが、人が多すぎて嫌なのは誰でもそうであろう。
「うう………」
電車で移動することとなった有楽斎たちもその中に含まれており、朝の出勤途中のサラリーマン達のように押し込められている状態だ。当然、それだけ人がいるのだから誰一人として身動きがとれるものなど居るわけが無い。少々、体躯のよい男の近くにいる少年たちは実に苦しそうな表情を浮かべていたりする。
「うー……狭い」
「うらちゃん、足が変なところに入ってきてるぅ……」
「え、あ、ごめん」
里香がそういうものだから有楽斎はあわてて身体を狭い場所で動かしてみる。後で何を言われるかわかったものではないからだ。しかし、身体を動かせば他の人に当たるのである。
「ちょ、ちょっと有楽斎っ。どこ触ってるのよっ」
「ええっ………」
「ま、まぁ…いいけどさ」
有楽斎は背を扉の窓に押し付けられており、押しているのは理沙、里香である。雪は花月の胸に顔をうずめるような形で羨望のまなざしで見られていたりする。
「く、苦しいんですけど……」
「我慢しなさい。私の胸に顔を埋めているんだから喜ばないといけないわ」
「全く嬉しくないですよ………」
雪と場所を変わっておけばよかったかなぁと有楽斎は何となく思ったのだが、強烈な理沙の視線に気がついて口元をひくつかせて笑ってみた。
「あ、あはは………」
「………」
なんとなくだが、無理に身体を押されている気がしてならなかった。一刻も早くここから出たい………有楽斎はそう思いながら窓の外へと首を無理やり動かすのであった。
「ん」
窓に映った透けている自分の頭に角のようなものが見えた気がした。ただ、見なおした時にはそんなものはどこにもなく、代わりにこちらを睨んでくる理沙の顔だけが見えていたりする。
「………鬼……みたいだな」
「はぁ、あんた誰に向かって鬼って言ってるのよっ」
「違うよ、そうじゃなくて………って、痛っ」
有楽斎の股を狙ってのひざ蹴りである。二度目の攻撃は何とか股で足を挟むことで阻止することが出来たのだが、相手の怒りは収まっていないらしい。その後も執拗に攻撃は続けられたのだった。
――――――――
電車内の束縛感ある空気から解放された有楽斎は駅で深呼吸をした。
「僕たちの街よりちょっと田舎っぽいねぇ」
「十分田舎だけどね………さ、野々村君達行くわよ」
やはり年上の花月が仕切るようで早速水族館の方へと向かっていく。そのあとに理沙、里香が続いて有楽斎と雪が歩き始めた。
「ねぇ、有楽斎君……さっき鬼がどうしたって言ってたよね」
「うん」
「それってどういうこと」
心配そうに聞いてくる雪に有楽斎は首をかしげるのだった。
「いや、うーん、なんっていうか……窓に映った僕の頭に角のようなものが生えていたのを見間違えちゃったみたいで……」
「あ、そ、そうなんだぁ……見間違えならよくあると思うよ。でもさ、鬼ってなんで思ったの。頭に角が付いているのなんて牛とか他にいろいろあるよ」
「牛って……いや、牛とは見間違わないと思うけどね。まぁ、何となく鬼に見えたってだけだよ。雪だって鏡とか見たときに見間違えたりするでしょ」
いや、そんなことはこれまで一度もなかったよとは言えない。適当に話を合わせることにしたのだった。
「そうだね、寝起きの有楽斎君はまるで雪女みたいだよ」
「え………」
「あ………」
なんだか墓穴を掘った気がしてならなかった。
「雪女って………」
「え、あー、それはね……その」
「僕は男だから雪男でしょ」
「あ、そ、そうだね、うん。有楽斎君はほら、あれだよあれ、ビックフットみたいだよ」
ビックフットと雪女を間違えるのもいかがなものだろうかと有楽斎は思ったのだが、間違える人は間違えるのだろう。『先生』と呼ぼうとしたら何故だか『お母さん』と行ってしまうのと似ているのかもしれないなと考える。
「二人とも、置いて行くわよ」
「あ、はーいっ。雪、急ごうよ」
「う、うん」
走っていく有楽斎の背中を見ながら雪はため息をついた。
「見間違えならいいんだけどなぁ………」
日光を浴びた有楽斎の姿。当然、アスファルトには影を作りだしており、その頭には二本の角が見えた……気がした。