第60話:変人の貴女へ
第六十話
水族館へ行く準備をしたところで呼び鈴が鳴らされた。
「はーい」
有楽斎は玄関の方へと向かってすりガラスの人影で相手が誰だか確認できた。
「御手洗先輩、どうしたんですか」
引き戸をスライドさせるとそこに立っていたのは御手洗花月。
「遊びに来たのよ。他にすることもないからね」
「あ、すみません……これから水族館に行くところだったんです」
「へぇ、それは面白そうね」
この流れになったらついてくるだろうなぁ、それならこっちから誘ってあげた方がいいだろう。結論を出して有楽斎は入場券を差し出す。
「先輩も一緒に行きませんか」
「そうね」
遠慮という言葉を彼女は知らない。もらうものはもらうのだが、要らないものは要らないとちゃんと言う。あまつさえ、『もうちょっとこういうのが欲しい』と相手の好意に対して厚かましい要求をするのである。
花月が来ているのをトイレから出てきた雪が発見する。
「あ………」
「残念そうね」
「別に残念じゃないですよ」
「そう、それならいいわ」
有楽斎は首をかしげて花月に尋ねる。
「何が残念なんですか」
「雪ちゃんに聞いてあげるといいわよ。私は適当に答えただけだから」
「そうですか」
雪がいると思った方向を見たが、誰もいない。どうやらお昼のおにぎりを追加で作りに行ったらしい。
「ところで野々村君」
「何ですか」
「…寒くないかしら」
「暑いですよ。温暖化は着実に進んでいるみたいです」
肩を抱いている花月に有楽斎は首をかしげながら口を開いた。
「先輩、風邪引いているんじゃないんですかね」
「健康体そのものよ………ん」
何かに気が付いたらしい。有楽斎も花月の見ている何かへと視線を移そうとしたところで………また別の声が聞こえてきたのでそちらを見てしまった。
「金づ……有楽斎、遊びに来てあげたわよ」
「うらちゃーん」
理沙が偉そうに腰に手を当てて胸を張っており、里香は片手をあげて降っている。有楽斎はしょうがないとばかりに入場券を二人に手渡した。
「何これ」
「水族館の入場券だよ。ほら、隣町にあるでしょ」
「ああ、あそこかぁ…」
「よかったら行かないかな。御手洗先輩と雪も一緒に行くんだよ」
「えー、あの二人がいるのぉ」
「うん、本当は海がいいかなぁって思っていたけど日焼けとかしたら大変だって雪がね。あ、そうそう、二人とも夏休みの宿題ちゃんとしてるよね」
ふくれっつらの里香をなだめながら有楽斎はいろいろと世間話をし始めるのだった。
―――――――
「ちょっと、雪女さん」
家の中に引っ込んでいた雪の肩を花月は叩く。
「なんですか」
雪はおにぎりを作りながら振り向くのであった。
「私も手伝うわ」
「黙って手伝ってくれればそれでいいですよ」
「………何あれ」
何あれといきなり言われたところでわからない。
「何の事ですか」
「野々村君のことよ。あの子の影に二本の角が生えていたわ」
「えっ」
次のおにぎりを作ろうとしたところだったのでしゃもじを落とすだけで済んだ。もしもおにぎりを握っている最中なら転がって童話が始まってしまうところだった。
「………本当ですか」
「ええ、影を見るだけだとまるで鬼ね…それに野々村君から冷房も真っ青の冷風が出ている気がしてならないわ」
「………」
しゃもじを置いて有楽斎の元へと行こうとするが花月に腕を掴まれた。
「あなた、一緒に生活していて気が付かなかった……わけないわよね」
雪は頷く。
「…この話は有楽斎君にしないでくださいよ」
「しないわよ。変な人だって思われるもの」
「既に思われてますけどね」
「何か言ったかしら」
「………いえ、まぁ、何というか……有楽斎君に何かが起こっているのは確かなんです」
「へぇ、じゃあ詳しく聞きたいわね」
結局、花月に話さなくてはいけないようだと思いつつ、この人なら放しても大丈夫じゃないかなぁと思えてくる。
『相手が変人でよかった』
そんな風に雪は後で語っている。