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第6話:榊

第六話

 教室へとやってきた有楽斎。こんな朝早くにやってきている人はあまりおらず、いたとしてもとりあえず有楽斎の教室にはいない。運動部に所属している生徒は部活で汗を流していることだろう。有楽斎の所属している新聞部とは違って。

 鞄を自分の机に置いてトイレへと向かう。トイレに不良が集まりやすいのはこの高校だけなのだろうかと思いつつも、蒼いタイルが敷き詰められているところへと向かったのだが朝早くから頑張ってきている不良はいない。トイレに籠るぐらいなら家にいたほうがまだいいんじゃないのかと有楽斎は考えているのだが、知り合いの不良もいないので赤の他人にそんなことは言えなかったりする。

学校生活を送っていれば不良の友人一人ぐらいは出来るだろう、その時に何故トイレに集まるのか聞こうと考えていた有楽斎。そんな彼が曲がり角を曲がったところで目の前に人がいることに気がついた。犬でも歩けば棒に当たるそんな時代だ、人間が考え事をしながら歩いていれば何かしらの事象に出会ったりするだろう。

「おはよう、うらちゃん」

「……おはよう」

 ショートカットにバンドを付けた少女。嘘臭い笑顔が特徴的と言っていいのかもしれない、そんな人物。しかし、それはあくまで有楽斎視点であり、客観的に言うのならば十分可愛いのだが、成長すればさらに可愛くなるだろうと十人中九人が言うほどの美少女だったりする。もちろん、言わない一人は有楽斎だ。

「そんなに驚かなくてもいいよ、私だよ、私」

「……ごめん、榊さん」

「里香って呼んでいいよ。うらちゃんだけは下の名前で呼ばせてあげるっていつもいってるじゃん」

 有楽斎が最も苦手としているのは御手洗花月。その次がこの榊里香。御手洗花月は面倒で、この里香と言う人物もなかなか面倒だった。甲乙つけがたい、今後一カ月に審査会を設けるべきだと言うのが有楽斎の脳内が出した結論だったりする。

「いや、そんな……呼び捨ては苦手でさ」

「………嘘、本当は私のこと、嫌いなんでしょ」

 うるうる涙目へと素早く移行。当然、長い付き合いの有楽斎はこれが嘘泣きであることを知っている。会話文、十回も満たないうちに有楽斎を陥れようとするそんな悪い娘さんなのだ。ちなみに、里香が有楽斎と二人きりの時に嘘泣きは行わない。あったとしても嘘泣き、そして、嘘泣きは周りの同情を誘うためにしているのだ。

 今回も有楽斎と里香の事を見ていた人物がいたのである。

「こら、そこのお前」

「はいっ」

「泣かせたら駄目じゃないかっ」

「………すいません」

 偶然通りかかった教師がやってくる。面倒だ、そう思う有楽斎だったが教師にばれないようにせせら笑う里香の姿が映った後はげんなりとした表情へと変わる。相変わらず変な趣味を持っているなと思う前に対策を打ったほうがいいだろうと有楽斎はため息をついた。

「君、一体どうしたんだ」

「うう、うらちゃんが私に対して変な顔をするんですぅ」

「何、それは本当かっ」

 ものすごーく怖い目つきで見られる。そして、教師が見ていない時は満面の笑みを有楽斎に向けている。

「違います」

 さわやかーに答えた。

「あ、ほらっ」

「え」

有楽斎は里香を指差すと当然教師はそちらを向く。しかし、既に嘘泣きフェイスへと変わっていた。巧妙だな……策士としてやっていけるかもしれない。

「ほら、また変な顔を………先生、どうにかしてくださいっ」

「そうか、これは普通の顔だと……」

「せ、先生も私の事を疑うんですかっ………うう、ひどいですっ」

「あ、疑っているわけではないんだ………」

 ここで有楽斎は離脱を決意。この後に待っているコンボ攻撃…職員室へと連れていかれてよくわからない説教を受ける。きっと、説教している教師側も何を説教しているのか絶対にわかっていない。そして里香は有楽斎を見ながらにやにやしているのである。

「はぁ、朝から面倒事が多すぎる。このままじゃ卒業するころには禿げているかもしれないなぁ」

 転校するべきか、それとも海外へと高跳びしたほうがお利口さんな考えなのだろうかと思案していると視界の端に嫌なものを見た気がした。

「うっ」

「あ、金づるおはよう」

「…………」

 女の子だ、そしてとびっきりに可愛い。先ほどあった里香と言う人物にそっくりなのだがそれもそのはず、双子の姉である。妹は猫かぶり、姉は守銭奴なのだ。客観的に見たとしてもそっくりで、ほとんど差異は見受けられない。しかし、有楽斎はしっかりと見分けることが出来たりする………金をくれというオーラを感じるのである。

 榊理沙、お金大好き高校一年生。

「お金ちょうだいよ、お金」

「嫌だよ、君にお金あげるなんてどぶ川に捨てるよりもっとひどい」

 首を振って無視する。しかし相手はこのくらいで諦めてくれるほど心が弱い人間ではなかったりする。

「何よ、それが未来の奥さんに向かって言うセリフかしら」

 何を間違ったのかは知らないが、双子は有楽斎と許嫁の関係にある。ただ、双子のどちらか片方なのだが……どっちにせよ、有楽斎はまともな未来を送れそうになかった。



『へぇ、どっちを取っても死亡フラグ確定か、素晴らしいな』



 友人の言葉は今でも心に残っていたりする。

「ほらほら、持ってるんでしょ。早く渡しなさいよ」

 そこらへんの不良だって殴って奪うぐらいはするのだが、理沙はそれよりひどいかもしれない。無理やり有楽斎の懐に手を突っ込んで財布をくすねようとしているのだ。警察だってこの行為を見たら冗談でしていると思うかもしれない。うっかり家でトイレなんか行かせると家財道具一式売り払われそうである。

 急いでそれを振りほどき、逃げへと徹する。

「あ、待てーっ」

「古今東西、追いかける側は待てーって言わないと気が済まないんだろうな」

 愚痴って廊下を曲がり、男子トイレに逃げ込んだ。朝のうららかな時間をトイレで過ごそうと思ってやってくる予定だったのだが、それも逃避行と言う悲しいものへと早変わり。

「ちょっとー、それは卑怯よっ」

 男子トイレは安全だと理沙に対して攻略法を見いだせていたりする。彼女は絶対に入ろうとしてこないのだ。

「トイレが安全の場所ねぇ、はぁ、悲しい」



―――――――



 授業も平均以上に頑張って、休み時間は逃げ隠れ、昼休みは部室で部長の愚痴を聞き、昼からの授業も平均以上に頑張り………放課後も部長の戯言を適当に聞き流すと言う大体同じことをやって一日が終わった。

「あ~疲れた」

 今日は不幸が続いたなと廊下に足をのせ、自室を開けた。

「うわ………」

 そこはまるで泥棒でも入ったかのように荒らされていた………本棚は倒れており、布団が吹っ飛んでいる。

「………もしかして」

 急いで雪の部屋へと通じる扉を開けるとそこは当然、もぬけの殻。もとから家具なんてなかったし、布団一式はそのままだった。

「……もしかして本当に泥棒、だったのかな」

 猜疑心が芽生えつつあったのだが、そんな有楽斎の耳に助けを求める声が聞こえてきた。



『ちょっと、本棚の下敷きになってるって、助けて~』



「………」

 急いで自室へと戻り、本棚が倒れているところを確認すると足が二本出ていた。

「だ、大丈夫」

『これを見て大丈夫かと聞くぐらいなら急いでどけてーっ』

 くぐもった声を聞くだけではあまりわからないのだが、大丈夫のようである。

「わかった、とりあえず本棚を起こすよ」



―――――――



「それで、なんであんなことになってたの」

「いやー、お恥ずかしい」

 後頭部を掻きながら雪は笑っていた。

「………掃除をしようと頑張った結果が先ほどのあれです、はい」

「掃除をって………本棚から手をつけようとしたの」

「ううん、床だけ掃除機をかけようとしたら間違って踏んで、転んで、藁をもすがる思いでつかんだのが………」

「本棚だね」

「違う、布団を引っ張ったら本棚に引っかかってそれでばーんってなったの」

「………」

 言葉も出なかった。

「いやー、朝から閉じ込められていたから大変だったよ」

「………え」

「あ、大丈夫。しっかりと眠っていたから」

 次から気をつけるといっているが、次も期待しないほうがよさそうだなと有楽斎はため息をついた。

「ああ、そういえば雪さん」

「雪でいいよ」

「そうかな、じゃあ、雪。この本棚の部分が凍ってるんだけど………なんで」

 指摘すると雪が凍った。

「え、えー………さ、さぁ、言わなかったっけ。私眠っていたからちょっとわからないって」

「ふーん……そういえばそうだったね」

「そうそう、だから悪いけどわからないな」

 猜疑心を持っていれば、もっと問い詰めていたかもしれないが泥棒でなかったという時点で猜疑心を捨てた有楽斎は首をしかめる程度で終わるのだった。


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