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第59話:変調

第五十九話

 夏休みも終わりに近づいているある日の朝食時の話。

 雪はテレビを見ながらも時折有楽斎の方に視線を動かす。朝起きたら毎朝有楽斎の部屋が凍ると言う珍現象が起こっているのだが、どうすればいいのかわからないために対策を一切取っていない。有楽斎はもはや部屋が凍ることを生活の一部として受け止めているらしい。

 雪は世話になり始めてまだ一年もたっていないのだが、もしかしたら有楽斎は一種の変人なのではないだろうかと思い始めていたりする。

「海に行こう」

「え」

 朝食を食べ終わった後に有楽斎がそんなことを言い出した。ちょうど、テレビに海水浴の映像が流れている。きっとこれを見て思いついたのだろう。

「や、辞めておいた方がいいと思うよ。年々温度が上昇しているし、紫外線だって強くなってきているからさ…」

 雪としては家にいたほうがいい。有楽斎は日が当たる部屋にいるわけではないし、外に出ずに夏休みの宿題を一生懸命片付けようとしている姿を見ていろいろと監視する手間が省けると言う事である。

 以前は命令として有楽斎の事を監視していたのだが、今では有楽斎に何らかの変調がきたさないか自発的に見ると言う少し違った立場での監視だ。有楽斎を倒れさせるわけにはいかないのである。

「でもさ、日に日に肌が白くなってる気がするんだよ」

 ほらと言われて見せられた肌はなるほど、確かに白くなってきている。

「日本じゃ小麦色の肌って健康的ってイメージあるけど、皮膚に悪影響なんだよ。やめておいたほうがいいって」

 雪はそう言って有楽斎の茶碗を片づける。

「そうかな………」

「そうだよ。熱中症で倒れちゃったりしたら大変だから海に行くのはやめようよ」

 何より、雪自身も長時間日光を浴びると肌がやけどしたようになるので出たくはない。適当に金づちだと言ってパラソルか何かの下にいたところで暑いことには変わりが無い。

 しかし、有楽斎としては何か思い出というものを作りたいのである。夏に海、とても素晴らしいことではないだろうか………。

「じゃあどこか行こうよ」

 有楽斎にそう言われて雪は考える。

「海的な何かがいいよね」

「あ、そうだ………水族館に行こうよ。隣町に大きい奴があるからさ」

「うん、それはいいけど…」

 そういえば無料券もらっているんだったと戸棚から数枚のチケットを取り出す。

「五枚あるからね。僕と雪でも三枚残るからよかったよかった」

 ここでふと、雪は御手洗花月、榊理沙、榊里香が頭に浮かんだのだがやめておいた。わざわざ呼んでやる必要はないだろう。きっと各自、夏休みの宿題が忙しいに違いない。

「三枚あるからさ、先輩達も呼ぼうか」

 有楽斎も同じ考えをしており、雪に提案する。

「え、やめておいたほうがいいんじゃないかな。きっと宿題で忙しいに決まってるよ」

「………んー、そうかもしれないね」

「きっとそうだよ」

 イレギュラー要素は入れないほうがいいだろう。何より、花月がやってきて有楽斎の事を根掘り葉掘り聞いてきたら面倒だからである。

 まぁ、有楽斎自身に影響が出ている事には変わりが無い。雪は気が付いていないようだが、鏡にはまるで雪女のような有楽斎が写っており、彼の影には二本の角が生えているのだ。



―――――――――



 榊家の大広間。滅多に使用されないその場所には榊家の長女、次女、その両親がソファーに腰掛けている。

 少々、太り気味の父親は視線の鋭い娘と、どうでもよさそうに辺りを見渡している娘に語りかけた。

「理沙と里香、パパは別にあいつと一緒に遊ぶなとは言ってないんだぞ。もう少し距離を置いてほしいと思っているだな……」

 そんな父親を見ながら理沙は言うのだ。

「ぱぱ、私はもう小さい子供じゃないのよ。遊ぶ相手ぐらいは自分で決められるわ」

「私も同じ。そろそろ夏休みも終わっちゃうからうらちゃんと遊んでくる」

「待ちなさい、里香っ」

「ぱぱが誰かに出し抜かれたのが悪いんでしょ。ぱぱだって金づ………有楽斎と結婚できなかったら四十超えたおっさんと結婚しないといけないとか言ってたじゃない」

「出し抜かれたわけではない、あれは……」

「今日は有楽斎と遊んでくるからっ」

 理沙もそう言って部屋を後にする。残された理沙達の父親は『反抗期なんだろうな』と諦めるしかなかった。しかし、心のどこかでは納得していない。

「いいじゃないですか、たまにはあの子たちの好きなようにやらせてあげましょう」

 それまで黙りこんでいた双子の母親は静かに立ち上がる。

「何か問題が起こったら手遅れだと思うぞ」

「実際に問題を起こして自分たちで解決するのも必要ですよ」

 少し唸って今度こそ父親は諦めたようだ。

「わかった、時には父親として見守ってやるしかないようだな」

 昔は聞き分けのいい子供達だったのだがなぁ、そんな風にため息をつくのであった。


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