第58話:蛇足『理沙』
第五十八話
有楽斎の土下座を道行く人々が見た後、隣でぼーっと突っ立っていた理沙は恥ずかしくなったのか、無理やり起こして引っ張った。
「ちょ、ちょっと理………しゃっ」
抜き打ちで引っ張られたので足元がおぼつかない。そんな有楽斎の股間を殴打したのは車進入禁止の通せん棒。
直撃したときにジャンプしてなんとか通せん棒を超え、理沙の速さに追い付くことが出来る。ただまぁ、有楽斎が涙目だったりするのだが、残念ながらこの痛みを文章で表すことは出来ないし、女性にはわかってもらえない。
「どうして土下座なんてしたのよっ」
「ど、どうしてって………」
股間に響く鈍痛をこらえ、理沙をしっかりと見る。もちろん、痛いからと言って内股になって痛い部分を押さえたりはしない、有楽斎は強い子なのだ。
「理沙は土下座なんてしないでしょ」
「当然でしょ。私は悪くないもの」
「でも、ぶつかったのは理沙の方だよ」
「あいつらがあんなところで突っ立っていたのが悪いのよ」
理沙の目は闘志に燃えており、有楽斎を燃やしつくさんばかりである。
「相変わらず自分が悪いって気持ちはもち合わせたりしてないんだね」
「当然でしょ。だって私は悪くないもの」
このわからずやめ………とは思ったものの、口には出さなかった。もしも理沙が心を覗けたのなら大変なことになっていただろう。
「金づるの方がおかしいのよ。なんで土下座なんてしたのよっ」
「だから、謝ってくれって相手が言ったんだけど理沙は謝らないでしょ」
これから先はループで話が続いていくのではないかと不安になったがどうやらそうではないらしい。
「違うわよ。私が悪いとか、悪くないとかそんなの関係ないわ」
関係あると思うけどなぁ、そう思うが話の腰を折るのは時間の無駄だし、変にまた怒らせてしまうだろう。そういう理由で有楽斎は口をつぐんだ。
「じゃあ、どういう意味さ」
「なんで私とあいつのことなのにあんたが私の代わりに謝罪なんてしてるのよ。それが納得できないのよ」
「あのね、理沙に任せておいたら時間かかるでしょ」
きっと話がこじれて拳で語り合う関係になっていた恐れがある。
「それになんで友達が困っているのを放っておけるのさ」
「はぁ、何よそれ」
「せっかく友達と遊びに来ているのに変なことで時間とか減らしたくないと思わないのかな」
「は………」
そう言われて理沙は黙り込んだ。しばらく有楽斎の顔を見てから首をかしげる。
「あ、あんた……金づるは私と遊ぶの楽しいって思っていたりするの……よねぇ。そうじゃないとさっきみたいなこと言わないもの」
すごくおかしい目をして有楽斎を見ていた。
「まぁ、理沙だって僕の友達だからね」
「……学校じゃ避けてるじゃない」
「誰だって『金づるー』とか言いながら追いかけてくる理沙を校舎内で相手したいと思わないよ」
軽く笑いながら有楽斎は続ける。
「理沙だって僕からあだ名で追い回されたら嫌だろうに」
「別に嫌じゃないわよ」
「え………」
「私はてっきりあんたがあだ名で呼んでくるだろうって思ったらただ『理沙』って呼び捨てにするだけじゃない。小さい頃からそうだったし、今でも全く変わらない。許嫁だとか、ずっと言われてきたのにあんたはいつもどこ吹く風で『僕には全く関係ないことです』って表情で暮らしてきたじゃないのっ」
肩すかしをくらったことで長年いろいろとため込んでいた物が爆発しているらしい。
「こっちはね、『野々村家に将来嫁ぐんだから歴史を頭に入れないとな』とか、『有楽斎君の事をいろいろ知らないといけないな』って頭に叩き込まれてきたのよっ」
「そ、そうなんだ」
「そうよっ」
吐き捨てるようにそういってひとつだけため息をついた。
「………ありえないけど、ありえないことだけど………私があんたのよ、嫁になる前にか、彼女になる確率すらほとんど零だけど………それでも、私より里香の方がふさわしい気がする。里香の方が可愛いし、協調性あるからね」
そうだろうか、里香の方がわががま指数が高い気がしてならないんだけど、とは双子の姉に言える言葉でもない。ああ、自分と比べて協調性があるって意味だったのかと気が付いたのだが、有楽斎から見たらどっこいどっこいである。
「そうかなー、理沙の方が話しやすいよ。榊さんは何考えているかわかりづらいからね」
最近知ったのだがどうも里香には二極性があるようで眼鏡アリとなしでは性格自体が変わってしまうために非常にとっつき辛い。きっと嘘をついたり出来ないだろう性格の理沙の方が付き合いやすいといえば付き合いやすいはずである。
「お化け以外には物おじしない性格だし、言いたいことははっきり言えている、体育の時間も頭抜きんでて活躍しているみたいだからね」
「…………あ、あんた……なんでそんなこと知ってるのよ」
「ちょっと気になってね。運動神経抜群でかっこうよかったよ」
ブルマ姿が板についていたとは言わないでおいた。なんだか変態みたいだからだ。
「まぁ、僕としては『金づる』って呼ばれるのはあまり嬉しくないからさ、呼び捨てでもいいから『野々村』とか『有楽斎』って呼んでくれればいいから」
「で、でもっ、でも、これまでずっと『金づる』って呼んできたのに急に変えろだなんて………」
「うーん、じゃあどうしようか………」
何かほかにいい案はないだろうかと考える。
「やっぱり、慣れていくしかないと思うんだ。それまで常習だった事を抑えて、間違いながら矯正していくしかないと思うよ」
「矯正って……私は別に『金づる』って呼べばいいのよ。でも、そこまでいうなら名前で呼べるよう努力するから」
ふくれっつらの横顔を眺めながら素直じゃないなぁと心の隅で呟くのだった。