第55話:彼に起こった事
第五十五話
「んーっ………よく寝た………って、あれ………」
目の覚めた有楽斎に飛び込んできたものはとても信じられない現実だった。
「え………」
自室が凍っていたのだ。机、箪笥、本棚に………枕、布団、どれも固く凍っている。時計の針も午前三時二分四十五秒を指して動いていなかった。
「何これ」
薄っぺらい板となっているタオルケットをどかして立ちあがる。冷たいかなと思って氷の畳の上に立ってみたのだがそんなことはなかった。
廊下も凍っているのかと思って扉に手をかけるが、どうもこちら側から凍っているためか、あかない。
「んーっ………」
無理やり力を入れて開けてみるとばきっという音と共に扉が開け放たれる。
「って、凍ってない………」
部屋内は厚さ二センチ程度の氷が張っており、扉にもそれが貼りついていた。しかし、廊下は一切凍っておらず、冷たいわけでもない。むしろ逆に暑かった。
とりあえず、同じ屋根の下で暮らしている雪に話をすることにした。
「ねー、雪―っ、悪いけど起きてくれるかな」
雪の部屋へとつながる扉を軽くたたく。
「え………嘘。もしかして有楽斎君なのっ」
「そうだよ、僕だよー」
「ぶ、無事だったんだね」
何やら知っている様子だったのでさらに扉を叩いた。
「うん、まぁ、そうだよー。もしかして雪の部屋も凍ったりして困ってるのかな」
「え、凍っているって………と、とりあえずちょっと待っててね」
どたばたとした音が聞こえてきた後にごきごきというまるで関節を外したような音が聞こえてきた。
それから五分程度たってようやく扉が開いた………が、すぐさま雪が出てきて扉は閉められる。
「ごめん、散らかってるから見せられないんだ。女の子の部屋を覗くのは有楽斎君も嫌でしょ」
「まぁ、いいけど………あのさ、ちょっと来てほしいんだ」
「え」
雪の手を引いて有楽斎は部屋まで戻る……が、そこにはいつもの部屋が広がっているだけだった。
「どうしたの」
「あのさ、さっきまでは氷が張ってたんだ。嘘じゃないよ」
「氷………」
当然それは吹雪が関係しているのだろう。あれだけ脅して出て言ったのだから有楽斎をどうにかしようとしていたはずだが、結果として雪が縛られるだけで話はすんでいる気がしたのだった。
「うーん、よくわからないから朝ごはんにしようよ。朝食摂れば何かに気がつくかもしれないよ」
「………そうだね。とりあえず朝食を作ってくるよ。雪は顔でも洗いに行ってて」
有楽斎が立ち去ったのを確認して部屋の中をみる。
「凍ってた、ねぇ………ん」
有楽斎の布団がやけに濡れているようだ。近くまで行って触ってみると、ずぶ濡れであった。
「これは………」
何度か触って首をかしげる。
「おねしょ………かな」
ばんざいをしている人間のような形だった。これがおねしょなら実に斬新である。
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「きっとさ、有楽斎君の部屋が凍りついていたっていうのは新しいミステリーだよ。この前テレビであっていたんだけど、外国では人間にいきなり火がついて燃え上がったり、さっきまで人がいたような後がある客船が見つかったけど人は見つけられなかったとか………その系統だと思う」
きりりとした表情で雪は語っていた。
「………そうかなぁ」
「そうだよ。世の中にはまだまだ変なことが起きてるんだからね。大体、夏に雪だって降るんだから部屋の一つぐらい凍りつくよ」
「………そういえばそうだよねぇ」
「そうだよそうだよ」
有楽斎は雪降ったからそれの影響かなぁとのんきに考えていた、自分の体の変化に気づくこともなく。
「ところで、吹雪さんはどうしたの」
「え、あ、ああ………吹雪さんはね………もう行っちゃったよ。結構朝早かったから有楽斎君とか起こさないように努力してたみたいだけど私が起きちゃったから」
「そっか」
「うん、世話になった、ありがとうって言ってたよ」
吹雪がどうなったのかはこちらが聞きたいと思っていたのだがどうも有楽斎は会っていないらしい。変に知らないなどと答えて有楽斎が詮索しはじめるのも嫌だったのでとりあえず嘘をついておくことにした。
「何がしたかったんだろ」
やはり、脅しに来ただけだったのだろうかと考え込み始めていた。雪が有楽斎の変化に気が付いたのはその日の夜、寝ている有楽斎の部屋に忍び込んだ時のことである。