第53話:吹雪の到来
第五十三話
「何これ」
下半身しか見えないが、白い着物を着ているようである。ゴミ箱に頭から突っ込んで二本の足が付き出ていた。
「でもまぁ、雪女みたいだしおおかた、暑くて逃げ込もうとしたんだろうなぁ…」
足首をつかんで引っ張りだしてやるとへばった顔の女とご対面。
「………ん、ってこの人どこかで……」
「独房にいた雪女よ」
よろよろと立ちあがって雪に告げる。
「調査進行を確認しにきた吹雪、以後よろしく頼むわ」
「はぁ、まぁ………。ところで、この異常気象は吹雪さんの仕業ですか」
「そんなところかねぇ……明日の朝には溶けてるって思うから気にしないでくれると嬉しいんだけど」
「それならいいです」
懸念していたひとつの事案が一つ消えてくれてほっとする。有楽斎は関係なかったのである。
「それで、雪なんてなんで降らせたんですか。これ、長老にばれたら相当やばいと思いますけど」
「なんていうか、雲に乗ってみたいなぁって思ってとりあえず凍らせたら落ちることはないだろうと思って力の大半無くしちゃってふらふらものだったってことねぇ。ほら、誰だって雲に乗りたいって思うときあるでしょ、うんうん、言わなくてもわかるからねぇ」
「…………」
やたら間延びした口調がいらいらさせるのだが、気にしないようにした。
「ともかく、野々村有楽斎君って子の家に連れて行ってくれるとあたしもさっさと帰れて楽なんだけど」
「………わかりました」
「あ、当然ながらあたしはあなたの親しい、なんだろ、親類って事にしておくように」
「はいはい」
「返事は一回だって習わなかったかい」
「………はい」
これは一波乱来そうだなぁと心の中で雪はため息をついた。実際のところ、それ以上の事が起きようとは思ってもみなかった。
―――――――
「お昼からも遊んでようと思ってたけど用事があるから帰るわ」
「じゃあね、うらちゃん」
「そっか……まぁ、気を付けて帰ってね」
金づるみたいにぼーっとしてないから大丈夫よと返事があったのでやれやれと思う。
「減らず口だなぁ………しっかし、一時になったのに雪は帰ってこないし………どうしたんだろ」
心配になって探しに行こうかとも思ったのだが、そんな時にようやく帰ってきたようである。
「ただいまー」
「あ、おかえり………そちらはどちらさまかな」
隣にいたのは雪に似た感じの女性、これまた白い着物を着ている。
「えっと、こっちは………」
「雪の親戚の霜村吹雪って言うんだ。まぁ、ちょっと仕事でこの町に用事があったからついでに雪を見に来たってわけ。あんたが野々村有楽斎か。写真で見るより格好いいじゃないか」
右手で顎を触りながらにやにやとしている。
「あ、え、あ~………ありがとうございます」
お世辞だろうかと思ったのだが、しっかりと目を見てくる。
「えっと、どうぞ上がってください」
「悪いね。おっと、それと実はお願いがあってきたんだよ」
吹雪は両手をそろえて片目をつぶる。
「お願いですか」
「ああ、実はとある人を送り出すつもりだったんだが………さっきの仕事の話なんだが、あたしが早とちりして一日早くここに来たってわけなんだ。だから今日泊めてくれないか」
「まぁ、いいですけど」
雪の知り合いだし、嫌だと言えるわけでもなかった。
「さすが色男だ」
「はぁ………」
「安心してくれ。止まらせてもらうんだからあたしが夕食を作らせてもらうからねぇ。こう見えて料理はうまいんだ。それに、酒盛りするための酒も買ってきたよ」
雪はさっきから黙って申し訳なさそうに有楽斎の事をみている。それに目で答えてから二人を中に招き入れるのだった。
茶菓子を食べながらお茶をすする吹雪を見て『雪とは似てないなぁって、親戚なんてそんなものかな』とそれなりに失礼なことを考える。
「ところで色男」
「なんですか」
「鬼塚霧生って人は此処にいないのかい」
「あ、霧生さんのことを知ってるんですか」
そう言うと頷く。
「ああ、ちょっとした知り合いだからね。いるなら挨拶してこようと思うんだが……」
「今、霧生さんは海外にいるんですよ。だから、今はいませんよ」
「そっか……」
それならやりやすそうだねぇ、そう雪の耳に聞こえてきたのだった。




