第52話:雪遊び
第五十二話
「金づるーっ、いるんでしょっ」
野々村家に響く声に反応したのち、有楽斎は玄関へとやってくる。
「いるよ。どうしたの」
雪は降っているが季節は夏だ。先ほどまで降っていた雪は止んでおり、太陽が見え始めている。まぁ、寒いことに変わりはないので一応薄手のパーカーを羽織っている。
「雪合戦しましょうよ」
肩を露出した健康的な姿である。短くて真っ赤なスカートから伸びた二本脚も雪をものともしていない。
「いいよ………あれ、榊さんはどうしたの」
「里香は少し後で来るわよ。雪がいるならハンデで味方してもらっても構わないわ」
「いや、もう既に雪合戦に行っちゃったよ」
「そっか……ま、いないなら一対一で出来るからいいわね。この家、無駄に広いから西と左に別れて勝負しましょう。三回当たったら負けだからねっ」
じゃあスタートと勝手に開始を宣言。既に持っていた雪玉を二つぶつけられてしまう。
「ちょ、ちょっとそれって汚くないかなぁ」
「何言ってるのよ。開始からさっさと相手を倒したほうが楽しいでしょ」
きっと好きなものは最初に食べるタイプだ……そう思いながら素早く隠れる。
野々村家の北の方は林が広がっている為に立ちいらないほうがいいだろう。小さい頃はよく神隠しにあうだの何だのと吹きこまれて怖くて近寄れなかった。
「しっかし、なんであんなに嬉しそうなんだろ……」
雪合戦を二人でしてそんなに楽しいだろうかと考える。有楽斎としては早速相手の策にはまって二回くらっており、残り一回だけである。
「半ズボンだから冷たいしなぁ………」
膝あたりまで積もっているから相当な量だろう。白装束に身を包んでそこらに隠れていればばれることはないはずだ。
「隙ありーっつ」
「って、屋根から………」
よくもまぁ、短いスカートで上から奇襲をかけるとはやってくれる………という軽口叩く余裕があるわけでもなく、あっさりと有楽斎は三度目の攻撃を食らった。
「私の勝ちね、金づる」
「まさか屋根から飛び降りてくるとは思いもしなかったよ」
「何言ってるの、どう考えても上から襲うにきまってるじゃない」
遊ぶのに命をかけているんじゃないかという作戦である。
「ともかく、これは前哨戦よ。本当は里香が来て、二対二でやるつもりだったんだけど私と金づるがチームを組むことになるわ」
「それって向こうが不利じゃないかなぁ」
「考えが甘いわよ。そんなんじゃ真っ先にやられるんだから」
「うらちゃん、理沙………来たよ」
玄関の方からそんな声が聞こえてくる。
「里香ー、こっちは準備オーケーだから。いつ始めてもいいわよ」
「うん、じゃあ今からスタート」
勝手に始められてしまうが、有楽斎としては理沙について行くしかない。
「里香はああ見えて勘が鋭いの」
「ああ見えてって………痛っ」
頭に雪玉が当たったことに気が付く。
「………嘘……って、痛っ、いたた………」
さらに連続して二回当たってしまう。
「………向こう側から投げて金づるにあてるぐらいすごいのよ」
「どれだけこの家大きいって思ってるのさっ」
「さらに、声である程度座標を決めて攻撃してきているに違いないってことよ」
「もはや人間のできるレベルじゃないよ………」
頭上から降ってくる雪玉の数は増えることが無いが、理沙を段々と動きづらい場所へと追い込んでいく。
「くっ……」
「………やっぱり、人間業じゃないよ」
屋根下に避難した有楽斎が敗者として、理沙を眺める。
「あのさ、守りはなんとかなっているみたいだけど攻めはどうするのさ。榊さんみたいに上から投げて攻撃するのかなぁ」
「そんなこと出来るわけないでしょ」
「じゃあ、僕がやられた時みたいに屋根から奇襲かければいいじゃん」
「ちょっと、集中しているんだから話しかけないでよ金づる………痛っ」
理沙の肩に雪玉が当たる。たかが雪玉といえど、痛いものは痛いようだ………というよりも、どうも雪玉は力を入れて作られているものらしく、当たっても砕けたりしていない。
その後、痛みに気をとられてしまったためかあっさりと理沙は負けてしまった。
「榊さーん、理沙もう負けちゃったよ」
有楽斎がそういったところで攻撃はぴたりとやんだ。
「ちょっとこっち来て」
「何よ」
「湿布はってあげる」
「要らないわよ。肩に貼ったら見えるし、恥ずかしいでしょ」
「うーん……じゃあ、パーカー貸してあげるから」
「………わかったわよ。そこまで貼りたいって言うなら貼らせてあげるわ」
「うん」
タオルで肩を拭いた後に湿布を貼る。
「ひゃっ」
「え、な、何」
「は、貼るときは一言いいなさいよっ。びっくりしちゃうじゃないのよっ」
「あ、ごめん。貼るよ」
「遅いわよッ。既に貼ってるのに言うのは後出しじゃんけ、ひゃっ」
「…………貼るって言ったよ」
「二か所目まで貼ってもらわなくても結構よっ」
面白い声出すね………と、言いかけてやめる。怒られるのも嫌だったのでパーカーをさっさと肩にかけてやる。
「はい」
「………お礼は言わないから」
「別にいいよ」
「………ふんっ」
ここで素直だったら可愛いんだけどなぁ……とも言わなかった。余計なことをいって身を破滅に追い込む例は多々あるからだ。
「うらちゃん、理沙………何してるの」
「…………ちょっと寒かったから金づるに言って………雪のパーカーを借りただけよ」
そういって大事そうにパーカーをなでる。雪合戦が終わったので今度は三人で雪だるまを作った。
「自信作ね」
「………高校生にもなって雪だるまを作ったことに自信が持てないよ」
「いいんじゃないかな、別に」
人並みの大きさである。ちょうど作り終えて正午を告げるサイレンが遠くで鳴っていた。
「お昼にしようか。何か僕が作るよ」
「金づるの料理の腕前には期待できないんだけど」
「同じくそう思う」
「失礼だな………僕だって一人暮らしながいんだから自信はないけどまずいものは出来ないよ」
とりあえず冷蔵庫の中身を見てお昼を決定しよう、なかったらかき氷でも出してやろうと考える有楽斎であった。