第51話:前触れ
第五十一話
「………ん、寒い………」
寒さで目を覚ました有楽斎は首をかしげて自分の発した言葉を再確認する。
「寒い………って、夏なのに」
冷房が強すぎるのかと思ったのだが、冷房なんて入っていないはず。霧生はいまだ日本に帰ってきたという連絡を受けていないし、冷房のある部屋へと行っても当然ついていなかった。
「え………」
偶然外を見ると朝焼けに桜のようなものが降り続けている。
「雪が………降ってる」
理解が出来なかった。夏に雪が降ってくるなんて冗談以外の何物でもない。
「夢………だよね」
頬を叩いてみたが、当然痛い。つねっても変わりはなかった。しかし、夢の中で実際にやってみても痛かったのでこれではまだ現実かどうか定かではない。野々村家を支えている柱に思い切り頭をぶつけてみたらどうだろうかと考えたところで声がした。
「え、なんで雪が降ってるの」
ここで有楽斎が柱に頭をぶつけていたら記憶喪失の話になるのだが、雪によってそれが阻止されたためにまったく違う話となる。
「夢じゃないよね」
雪に尋ねてみると、頷かれる。彼女は素足のまま庭に足を踏み出すと空から落ちてくる白い雪を手のひらへと受け取った。
「これ………」
「ん、どうかしたの」
「ううん、なんでもない。だけどこのままだともっと積もりそうだね」
「そうだね……」
灰色の空を眺めてため息をついた。少々早いが、朝食を作ることにしたのである。
――――――――
当然、テレビでは大雪の事が放送されていたり、名前も聞いた事のない『自称専門家』や『異常気象対策団体』なる議員の天下りとも思える団体が登場。
勝手な話をして盛り上げてくれていた。
わかった事と言えば、この雪は全国で降っていると言うわけではないようで有楽斎たちが住んでいる地域だけらしい。
「珍しいね」
「…………うん」
珍しいというレベルで済まされるものではないだろう。雪としては大体目星がついており、これはどうやら雪女が関わっていると踏んでいた。
「有楽斎君、ちょっと遊んでくるね」
「ははっ、早速雪合戦でもしてくるのかな」
「うん、がんばってくるよ」
夏休みが重なっているためか、外からは子供たちの黄色い声が聞こえてきている。
「気をつけてね」
「わかってる」
コートも何も羽織る事のない雪を見送った有楽斎だが、首をかしげた。
「不思議と路面とかは濡れてないみたいだなぁ………何なんだろ」
違和感を覚えて仕方のない積雪である。しかも、溶けることが無いように思えた。
「僕も雪と一緒に雪合戦してこようかなぁ」
まぁ、寒いし待ってようと有楽斎はテレビを続けてみることにしたのだった。
――――――――
有楽斎を家に残して雪は野々村家の屋根の上へと移動する。
「………」
当然、雪が降り積もっていて真っ白なのだが溶けてはいないようである。
「………変な成分でも入っているんだろうなぁ………これって雪女が降らせる雪と同じなんだけど………」
自分が降らせたわけではない。夏場に雪を降らせるなんて疲れるだけだし、意味が無い。目立つようなことをする雪女なんて滅多にいないのだが………もうひとつ可能性があった。
「有楽斎君じゃないよね…」
先日、部屋に忍び込んで一緒に寝たのだが何も起こらなかった。よくよく考えてみれば病気だって発症するときは潜伏期間を経てから症状が出たりするものだ。
もしも、有楽斎の目覚めに潜伏期間なんてあったら………
「ううん、違う違う。絶対に雪女がこの町のどこかにいるんだよっ。だって有楽斎君は鬼だって鬼塚霧生も言ってたし………雪が大体降ってるからね。有楽斎君の頭に角なんて生えてなかった」
自分を励ました後に雪は捜索を開始する。
「どこから探そうかな………」
ふと、雪の頭の中にとある光景が思い出された。
有楽斎と雪がはじめて出会った場所。あの場所から手を付けることにしたのだった。