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第5話:御手洗の登場

第五話

 何を作ればこの人物は喜ぶのだろうか。野々村有楽斎は生まれて初めて他人に料理をふるまうことになったのだが、買い物かごを握っている少女はエスパーではないので言葉で伝えなければいけない。

「ねぇ、何が食べたいのかな」

「え、ああ、何でもいい………って言ったらよくお母さんに怒られていたからなぁ。冷たいものがいいかな」

「わかった、冷たいものだね」

 脳内で冷たい料理を考える。冷たい料理なんてすぐに頭に出てくるほど彼の頭は優秀ではないしデータの容量が少ない。

「………アイスは、違うか」

「え」

「ううん、なんでもない」

 アイスをおかずにご飯は食べられないだろうなぁ、此処はメインを考えないといけないっ。有楽斎は考え、ため息をつく。

「今日は………冷やし中華にしようか」

「あ、私それ大好物なんだ」

 名前に『冷』が入っているからだろうか………そんなことを考えながら有楽斎は材料を集め始めるのだった。



――――――



 次の日の朝、有楽斎は少女を起こさないように朝ごはんを準備して学校へと向かった。部屋に気配を感じていたし、音を出しても部屋から出てこなかったところをみると寝ているらしいと結論付けたのだ。紙に『朝食です、お昼は冷蔵庫の中にあるので食べてください』としっかりと書いてきていた。

 まだ校庭には朝の練習を行っている運動部員達しかいない。校庭を渡りきってサッカー部の部室隣にある自分の部室へと続く扉を開けた。

「おはようございます」

「ああ、おはよう野々村君」

 ちなみに、有楽斎が所属している部活は運動部ではない。文化部系の部活であるのだが、なぜかサッカー部の隣であったりする。

「御手洗先輩は今日も早いですね」

「部長が部員より来るのが遅かったら文句言うでしょうに」

 赤いフレームの眼鏡を拭いている、そんな彼女の名前は御手洗花月。かづき、という名前のために男と間違われることがしばしばあったりする。それ以前に御手洗をおてあらいと有楽斎は間違って当初読んでいた。

「ところで御手洗先輩」

「部室にいるときは部長って呼びなさいな」

「御手洗部長」

「なぁに、野々村君」

 ここ一カ月、有楽斎は不思議に思っていたことを口にする。

「なんで、僕たち新聞部なのに朝練なんかやるんですか」

 眼鏡を装着し、髪の毛を払った花月は言う。

「部活なんだから、朝練してもいいでしょう。文化部だから、新聞部だからしちゃダメって決まりでもあるのかしら」

「ないです」

「そうでしょうね、あたしもないと思うから。それと、部長の発言は絶対だって入部の時に教えたわよね」

 それは耳にたこが出来るほど言われている。毎日、朝と夕方に言われており、常備薬みたいだと最近は考え始めている。

「はい」

 こっくりとうなずく有楽斎を見て満足そうに花月は微笑んだ。

「よろしい、じゃあ適当に座ってあたしが暇しないように話題を振ってくれることを期待するわ」

「…………」

「返事はどうしたの」

「………はーい」

 有楽斎はため息をついた。なんで、自分はこんな部活に入ってしまったのだろう……いや、そういえばこの部活に別に入りたくて入ったわけでもなんでもなかった気がしてならなかった。

「ほら、話しかけるのよ」

「………今日はいい天気ですね。晴れそうだし、風も吹いてないし」

「そうね」

 部長のほうがまるで腫れものみたいに腫れてますね、触りたくありませんとは口が裂けても言えなかったりする。

『あたしは構ってちゃんなの、構ってくれないと何するかわからないわよ』

 そのようにのたまった部長、他に部員はおらず、この新聞部は部長一人に部員一名と言う弱勝負と言うより廃部一歩手前、虫の息状態である。虫の息と言ってもゴキブリ並みの生命力のようで定数に達していないのに廃部になっていないところをみると不思議でならなかったりするのだが………。

「そういえば野々村君」

「何ですか」

 どうでもよさげにファッション雑誌を見ながら花月は言うのだった。



「野々村君から女の匂いがするんだけど彼女でも出来たのかしら」



 瞬時に有楽斎の頭には雪の顔が浮かんで消えた。

「いや、出来てませんけど」

 この部長に知られると面倒なことしか絶対に起こらないと脳がすぐさま結論を出す。

「それより、新聞部は部員とか増やそうとしないんですか」

 有楽斎はさりげなく話題をそらす方向へと持っていくことにした。この人物がどれほど面倒な人間であるか付き合いは短いのだが充分知っている。

「話をそらそうとしなくていいわ」

「いや、別にそらそうなんて思っていませんよ」

「嘘、だって顔に書いてあるもの。うわぁ、またこの人は面倒なことを聞いてきたなぁ、どうしよう………ってね」

「………」

 どうよ、あたしにわからないものなんてあるわけないのよ………そんな視線を浴びて有楽斎はため息をついた。

「さ、後輩いじりも楽しんだしあたしは教室へ行くわ。じゃあね」

「………はい」

 ぽんぽんと肩を叩かれて乱暴に扉を閉める。

「黙っていれば、きれいなんだけどなぁ」

 誰もいなくなった部室で有楽斎はため息をつくのだった。ため息をつくと幸せが逃げると聞くが、既に逃げた幸せに対してため息をついているんだからこれ以上、幸せは逃げないのではないか………いやいや、もっと逃げるのかもしれないな。

 有楽斎は少しだけ考えたのだが、放棄してさっさと教室へ向かった。


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