第48話:”敵意”が足りません。
第四十八話
暑さで目を覚ました有楽斎。
「んー………」
目覚ましがある方向へと無意識的に手を伸ばしていたのだが、変なものに触れた気がした。
「ん………」
視認することなく、左手でいろいろと触ってみたところ人差し指と中指が何かに突っ込んだようである。指を動かしていると触っている何かがもぞもぞとし始める。
「………ふぇ、ふぇ………ふぇっくしょんっ」
聞き覚えのある声で触っていたのが何だったのかようやく理解できた。
―――――――
「びっくりしたよ」
茶碗と箸を持って有楽斎は感慨深げにため息をついた。
「まさかあんなきれいにすっぽりと鼻の穴に指が入るなんてさ」
「え、そこが驚くところかな」
「じゃあどこで驚ければいいの。てさぐりで、ほら、こう……動かしていたら急にえいやって突っ込んじゃったんだよ。二回目やってみろって言われてもなかなか出来ない芸当だと思うけどなぁ」
すごいなぁ、珍しいなぁと有楽斎は言っているのだが穴に突っ込まれた雪としてはもっと別のところで驚いてほしかった。
「あのさ、なんで有楽斎君の隣で私が寝ていたことには触れてないの」
「そりゃあ、雪が寝ぼけてトイレ行った後に間違えたか、僕がトイレ行って帰ってくるときに間違えて雪の部屋にはいっちゃったかのどちらかだよ。だって僕が父さん達とまだ暮らしていたときは木の上とかで見つかっていたくらいだからね。ふらふらと外に出歩いたりしていたんだってさ」
頭の中でキョンシーのような動きをしながら有楽斎が街中を駆け巡っているのが想像できた。
「うーん、想像できるかも」
「まぁ、それも霧生さんに出会ってから夜中起きてうろつきまわるって事が無くなってね。最初に会ったときはいきなり殴られた記憶が……。うん、実に衝撃的な出会いだったかな。ともかく、霧生さんが治してくれたって父さんから話を聞いていたよ」
「そ、そうだね、かなり衝撃的だよ」
「後で聞いたらショックを与えることが治療だったって言っていたけど今にしてみれば意識吹き飛ばすぐらいの衝撃だったから荒療治だったと思うんだよねぇ」
一歩間違えていたら病院行きだったかもと笑っているのだがそれは間違いなく病院を通り越して葬式になるレベルだと思われた。
「え、あー、ところでさ」
「ん、どうしたの」
「身体に異常があるとか………ないかな」
上目遣いで確かめてみるも、見た目的には何も変わってはいない。
「ないよ」
「何かを破壊したくなるような衝動はないよね」
「うん」
「昨日と今日で変わったことは…どうかな」
「うーん………」
立ちあがって身体を動かしてみたのだが、雪に言われるような異変は感じることが出来なかった。
「ないね。いきなりどうしたのさ」
「あ、いや……昨日テレビで日々を過ごすうえで何かおかしいことがあったら病気の前触れの可能性があるから気を付けたほうがいいってあってたからさ」
取り繕うように笑ってみるがこれで通用するかどうかはわからなかった………が、有楽斎は感心したように
「そうなんだ」
「そうだよ」
「あ、そういえばいつもと違って逆に体調がいいかもしれない」
「きっとぐっすり眠れたからだよ」
ともかく、有楽斎が普通でよかった。もしも何かを襲いたい衝動に駆られるとか言いだしたらその時は氷漬けにしてどうにか普通の生活をさせる努力をしていたことだろう。
「今度………ちゃんと報告しておかないといけないな」
「ん、何か言った」
「ううん、何でもないよ」
「そっか、何でもないならいいよ。あのさ、雪……」
有楽斎は一枚のチラシを取り出して雪に手渡した。
「夏……祭り」
「うん、明日あるんだ。出来れば一緒に行かないかな」
雪は嬉しくて仕方がなかった。この前は花月とデートしていたらしいが、それからは何も音沙汰がないところをみると失敗したのではないかと勘ぐっている。
あれ以降、有楽斎をつけまわすようなことはやめているから詳しいことはわからないが、祭りに誘ってくるぐらいだからよほど暇なのだろう。
「もちろん大丈夫だよっ」
「そっか、よかった」
有楽斎はあることを計画していたのだ。それはとても雪にかかわることだった。