第41話:吊られるべき対象
第四十一話
夏休みが今週の水曜日から始まる。しかし、有楽斎はその前に新聞部部長、御手洗花月の茶番に付き合わなくてはいけないのである。
有楽斎としては面倒事に巻き込まれるのは嫌だったが一連の茶番のおかげで部活動の楽しみを知ることが出来たわけで、そのお礼と考えていた。まぁ、部長が部長なのであまり学校新聞に目を通してくれる人がいなかったのだが『弱小部の演出が勝手に出来たからよかった』そう花月が言っていたのでよしとしよう。その割には少しだけ、悔しそうにしていたところをみると今後部活を頑張ってくれるのではないかと淡い期待を抱いている。
花月と約束した場所は学校の校門で、天気は曇り、蒸し暑い。
自宅を出るときに雪はぶすっとした表情をしていたのだが眠れなかったのだろうか…それが少し気がかりだったが、花月が視界に入ってきたところで頭を切り替えた。
「おはようございます」
「おはよう、野々村君」
既に花月とは話がついており、今後の方針等は前日の部活にて話しあわれている。
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どこから持ってきたのか分からないが、部室にまた備品が増えていた。
「御手洗先輩、それはどこから借りてきたものですか」
「家庭科室よ。あそこは黒板が備え付けられているから移動用の黒板なんて要らないでしょ」
そんなことはどうでもいいから黒板をしっかり見るようにと指し棒が文字を叩いた。
「明日のデートの事についてだけど、デート中はしっかりと彼氏を演じてもらうわ」
「わかってます」
「よろしい。当然ながら途中での質問とかは一切できないから。母所属のいわば監視者が付いてくるから注意しておいてね」
「………その人は僕たちと一緒にデートするんですかね」
あほな事を質問する有楽斎に花月はため息をついて首を振った。
「違うわよ。本人は隠れているつもりで私たちに同伴するの」
「なるほど。居ないものとしてふるまえばいいんですね」
「そうよ。変に設定とか考えていると本番でぼろを出しちゃうから手をつないだり、腕組んだりするだけにするわ。後は私がリードするから」
「お願いします」
花月に任せておけば自分の失敗以外で何か問題事が起こるわけでもないだろう。つまり、明日は花月と遊ぶと言う一日になるわけだ。
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「さ、行くわよ」
「はい」
手を差し出されたのでそれを軽く握りしめる。当然ながら拒絶されるわけではないのだが、何故だかほっとする。
「今日はどんな予定でしたっけ。この前は映画と食事でしたけど」
適当な嘘なら構わないだろうと雪の時の事を話す。
「そうね、今回も映画を見たりして見聞を広めましょう」
「はい」
まぁ、このまま無事に一日過ぎてくれれば問題なんて一切起こらないだろうと考えていたのだが事件が起きた。
黒塗りの車が隣で止まった。そう思った時には既に遅く、有楽斎は車内へと引きずり込まれたのである。
「野々村君っ」
スモークガラスの向こう側では小さくなっていく花月だけが確認できた。
「え」
両脇には筋骨隆々とした黒スーツの男が有楽斎を逃がすまいと、腕を組んでくる。まさか、男に腕を組まれる日がやってこようとは思いもしなかった。
先に花月と組んで柔らかさを確認しておけばよかった……などという余裕はなく、一応暴れてみた。
「余計な手間は取らせないでほしいわ」
「え」
運転している人の顔をバックミラーで確認することが出来た。どことなく、誰かに似ている気がしないでもない。
「あれ、もしかして御手洗先輩のお母さんですか」
「そうよ」
あっさりと黒幕登場である。面白くもなんともない話だが、何をしたいのかさっぱり分からない。
「なんでこんなことするんですか」
「役者がどれほどの腕前なのか見せてもらうため。あなたの事をあの子が追ってくるかどうかを見させてもらうための演劇よ。これまでの報告は既に聞いているし、いろいろと映像も見させてもらっているわ」
「はぁ、そうですか」
「この後は縄に縛られて助けを待つ役割が待っているから。ちゃんとあなたの両親には『息子を誘拐する』って連絡しているから大丈夫よ」
大丈夫なのだろうか…弟が誘拐された時は軍用ヘリやら何やらが登場したと聞いていたりするのでちょっとだけ不安になっていたりする。
「おとなしく人質になってくれると助かるわ………もちろん、無理に逃げようとするのなら花月は退学、あなたは両脇の二人におもちゃにされるけどね」
「…………」
実に恐ろしい話である。ぞっとして有楽斎は動かなくなった。
「いい子ね、きっと親のしつけがいいからだわ」
なるほど、確かに変人である。いい母親だとか過去言った事を取り消したくなって仕方がなかった。
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「鬼塚霧生さん、いるんでしょ」
有楽斎が連れさらわれた後、花月は腕組みをしてその名を口にしたのだった」
「ありゃ、ばれてたか」
空から霧生が降ってきて頭を掻いた。
「もちろんよ。今年の春から野々村君を監視しているのは知っているわ」
首をすくめる霧生に花月は続ける。
「今すぐ有楽斎君を追って」
「そりゃ無理だ。坊ちゃんの両親から何もしないように言われているからな」
「そう、両家公認の茶番劇なのね」
「役者はあんたで客は俺だ。せいぜいがんばるといい」
霧生は姿を消し、残ったのは花月だけだった。
「………別に鬼が一人いなくなろうと構わないわ」
そういって彼女は歩き出す。向かう先は雪女のいるであろう野々村家であった。