第4話:彼女がここに来た理由
第四話
夕暮れ時、有楽斎はいい匂いが漂ってくるアスファルトの道を歩きながら様々なことを考えていた。
隣にいる少女は少し病弱な感じがするのだが、いたって元気。うはぁ、夕焼けに照らされてかわいいなとか、女の子とひとつ屋根の下っ。しかも、部屋が近いんだぜ、バカ野郎……と言ったものではない。
「………」
「どうかしたの」
「いや、カレーのいい匂いがするなぁって」
実際に有楽斎が考えている事はそんなくだらないことではない。霜村雪からは他の人と違って冷気を感じるなぁ、何故、下宿にやってきたのだろうとか、寒いところに連れて行っての謎の発言がなんでだろうかなどなど。霜村雪の事が気になって仕方がないのである。
それとなく探りを入れてみるなんて有楽斎に出来るわけもないので直接聞いてみるしかない。
「なんで朝は倒れていたのかな…話したくないなら別に話さなくていいけどさ」
「うーん、熱中症だろうね。ふらって倒れてそれっきりだよ」
「ごみ箱に頭を突っ込んでいたけど…」
「暑かったから日陰に逃げ込みたかったんだと思う。ほら、一つのことだけにとらわれていると何をやるかわからないことってあるじゃん」
それだけ必死だったってことだよと雪は笑っていた。
「………そうだね。でも、今日ってそんなに暑かったかなぁ。暑がりの人でもそんなこと言ってなかったけどさ」
暑がり天気予報と言うのを偶然テレビで見たのも関係している。まぁ、ちょっとばかり暑いと感じるか、感じないかの瀬戸際ぐらいでしょう、あくまで予報ですので言うほど暑さを感じなかったと言ったクレームはよしてください。信じる、信じないはあなた次第ですから………という、実に投げやりな天気予報だったりする。
「ああぁ、私ってとっても暑がりなんだよ」
目が泳いでいた。汗をかいている、これは嘘をついているに違いないと………思ったのだが、ため息をひとつだけついて有楽斎は前を見た。
今日も夕日が眩しいぜ、そう結論付ける。可愛いなら許されると言うわけでもないのだが変につつくと暴走しそうなタイプだと感じるのである。それに、これから一緒に生活するのだからくだらないことで嫌な関係にはなりたくない。
「雪は学校とか行ってるの」
「うーん、中学校は出たけど高校にはいってないなぁ。こっちに用事があってそっちを優先にしなくちゃいけなかったからさ」
「ふーん」
学校よりも大変なものって何だろうか、考えてみたのだが想像力の足りない有楽斎では答えを導くことは出来なかった。
一瞬だけこいつはもしかしたら雪女かもしれないと考えたのだが現実に妖怪なんているわけないし、居たとしても座敷わらしぐらいだろう。
「あ、家事はしっかりやっておくから安心してね。料理は作れないけど、洗濯、掃除はやっておくからさ」
「お願いするよ」
実際に雪女だったとしても、どう見ても悪そうな子には見えない。それに親同士の付き合いもあるようなので明日の朝、家財道具一式がなくなっているということもなさそうだと有楽斎は考える。それに、どこか抜けていそうなところがあるので家事を任せること……そちらのほうが心配である。
「ごめん、洗濯機壊しちゃった」
「ごめん、掃除機が暴れちゃった」
こう言ったことを起こさないか不安になりつつも、やる気を出してくれているのだからそっとしておいてあげたほうがいいだろう。彼女の事を知っているわけでもないからなおさらである。
「何か困ったことがあったら言っていいよ。出来るだけ頑張るからさ」
「ありがとう」
ともかく、様子を見たほうがよさそうだなぁと思って有楽斎はお礼を言うのであった。
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霜村雪は内心焦っていた。もしかして、こっちに来た理由を既に悟られているのではないかと考える。的確な質問、怪しんでいる表情、そして時折感じる有楽斎の視線…。
此処だけの話、霜村雪は雪女だった。雪女、そう、あの雪女である。代表的な雪女の話は雪小屋で若いほうの男を残し、しゃべったら殺すと言ってその後、その若者と結婚する。
男が雪女の事をしゃべってしまったのだが情が移ったのか、子供の事を考えたのかわからないが殺さずに姿を消したといったものがある。
雪女、霜村雪が有楽斎の元へとやってきた理由…それは雪女と人間の間に生まれた子供についての調査のためだったのだ。
「しっかりと調査してくるように。調査内容がいまいちだったら追放するからのう」
ご長老様の言葉が頭の中でぐわんぐわんと鳴り響いた。あの人はあの年ででしゃばってくるからなぁと雪はいつも思っていたのだが外を出歩きたかった雪としては調査といえどもそれで嬉しい事だったりする。
有楽斎に接触する前に暑さでやられたりもしたがなんとか目標の場所へとやってこれたのである。まさか、標的から助けられるとは思いもしなかったわけなのだが。
夕焼けに照らされている人のよさそうな若者のほうをばれないように見る。一見すると普通だった。特にこれと言って何か問題があるとも思えなかった。
「うーん」
かっこいい、というわけでもなくて、護ってあげたいと思わせる顔でもなかった。普通すぎる、そんな感想が漏れそうになったが有楽斎がいきなり雪のほうを見た為に彼女は大いにあわてていた。
「ん、どうかしたの」
「え、いや、何も。えっと、そろそろつくかなぁ。ちょっと疲れちゃってさ」
「うん、そこだよ」
雪女と人間の合いの子、野々村有楽斎は目の前のスーパーを指差すのであった。