第39話:誰かが望むモノ
第三十九話
映画館から出てきて雪の一声が『あまり怖くなかったね』という言葉だった為に有楽斎はついつい笑ってしまった。
「そ、そうだねぇ………ふふふ……」
途中から手を握ってきて、今では腕にしがみついている。よほど怖かったのだろう、顔面蒼白である。
雪としては完全になめきってしまっていた敗北だと位置づけており、『いやー、今の時代って映像も怖いんだなぁ』と一人心の中でため息をついていたりする。しかし、考えようによっては雪女を震えさせる映画を作る人間だから別に妖怪を恐れたりしないんじゃないんだろうかと考えた。
「あ、あのさぁ……有楽斎君ってもしも雪女はいるんだよって雪女から言われたら信じたりするかなぁ」
「うーん…」
雪につかまれていない方の手を顎につけ、しばらくの間考えているようであった。
「そうだねぇ、相手にもよるかな。危険な人物だったらたとえ相手が同じ人間だろうと人が集まらないのと同じだと思うんだ。たとえ言葉が通じあったとしてもお互いに理解できないのならそこで衝突が起こるからね」
「そうかな」
「そうだよ。集団の中に異質な存在がいるっていうのはありえると思う。根拠はないけど、僕はそう考えてるよ。とても危険な集団の中にだって話せる人は数人ぐらいいるはずだからね…ま、変な事言ったけど個人として話してみればちゃんと話せるかもしれない」
とりあえず否定的な意見が出てこなかったようなのでほっとする。今はそれだけでよかった。
「有楽斎君、ありがと」
「え、いやいや。どういたしまして」
「じゃ、ちょっと早いけど晩御飯にしようよ。おいしい店見つけたんだ」
「お、既に計画してたんだね」
「もちろんだよっ」
私の計画に抜かりはないよと笑っていた雪を見て有楽斎は尋ねてみるのだった。
「怖がっていたのも計画だったりするのかな」
「…………え、何言ってるの有楽斎君。私が怖がったりするわけないじゃん」
「じゃあ、僕が上映中に雪のほうを見ていた回数は何回だったでしょう」
「え、えー………」
一生懸命考えている雪だったが、上映中も目をそらさずしっかりスクリーンを見ていた為に有楽斎が見ている事など気がつかなかったりする。
「さ、さぁ。映画があんまりおもしろかったものだからわからないよ」
「答えは一回。途中からずっと雪を見てたよ」
「え………」
何らかの冗談かとも思ったが、どうも有楽斎は冗談で言っているわけではないらしい。どう反応したらいいかわからないが、顔が赤くなっていくのを感じる雪だった。
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「坊ちゃん、それは臭すぎですよ」
有楽斎と付き合いが長い霧生でさえ、遠方で顔を真っ赤にしていた。有楽斎としてはただ単に事実を言っただけという事が霧生にはわかるのだが、一年も一緒にいない雪女が果たしてどう取るだろうかと興味深かったりする。
「どうとるんだろうなぁ、あの雪女は…」
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「ほ、本当に私の事ずっとみてた………んだよね」
「うん、みてたよ」
そう言われて雪は合点がいったりする。
『なるほど、道理で有楽斎君があの映画を見て怖くなかったわけだ………途中から私の事を見ていたらそりゃあ怖くもないか』
そして、有楽斎のほうをしきりに心の中で頷いている。
『顔を赤くしているところをみると怖がっていないのがばれっちゃったかって思ってるんだろうな。こういう虚勢張っているところが可愛いんだよね』
人間、お互いに相手の心を知ることが出来たらすれ違いなんて起こることはないだろう。岡目八目、霧生は有楽斎と雪を遠目に見ていてため息をついた。
「どうも今回だけじゃ進展はあまりなさそうだな」
あ、連れてきたかったお店はここだよと二人仲良く店に入る姿を見ると現状維持のままだけでもよかった気がするのだった。
あの雪のバックにいる雪女がどういった人となりをしているのかはよく分からないが、雪女は情にもろいと聞いている。事実、有楽斎の母親である幸美から話を聞いている。
「秀樹さん(有楽斎の父)の事を長老が絶対に許さないとか言うから集落の半分の雪女を凍結させてあげたわ」
雪女が凍るのだろうかと疑問を覚えたのだが、思い出話では嘘を聞いたことはない。惚れた男に手を出す輩を雪女は許したりしないのだろう、ともかく、それで震えあがったことも確かだったりする。
「俺としても穏便に済ませられるならそれに越したことはないんだけどな」
白い着物に付着したナポリタンソースを二人であわててどうにかしようとしている。しかし、逆にシミが広がって焦りまくっている有楽斎。そんな光景を見ることが出来るうちは幸せなのだろうと霧生は考えるのであった。