第38話:修羅の道
第三十八話
「ただい…」
自宅に帰ってきた有楽斎は引き戸をスライドさせたところで動きを止めた。
「………着物なんてきてどうかしたの」
真っ白の着物を着ている雪はさながら夏の雪女。暑くないのだろうかと思ったりするが、汗をかいていないところをみると暑さに強いのかもしれない。
「もうっ、今日は帰ってきたらデートするっていってたじゃん」
正確に言うのならば『デートをするための予習』ということなのだが、確かに略称とすれば『デート』と呼んでも間違いではないだろう。
「さ、早く鞄を置いて行こうよ」
「待ってよ。まだ着替えてないから」
「大丈夫だよ、制服姿も似合ってるからさ」
え、そうかなぁ。じゃあ、僕制服姿のままで行くよ……とは思わなかったが着替えている時間があればそれだけデートについて知ることが出来るだろうと一人考える。
熱心なのか、何なのかよくわからない。
準備して待ってくれている相手をこれ以上待たせるわけにもいかないようなので有楽斎は鞄をテーブルの上に置いて雪の元へと戻ってきた。
「さ、行こうか」
「うんっ」
家に引きこもりがちな雪だったが久しぶりに外に嬉しい気持ちと共に出ることが出来る。買い物、有楽斎を追いかけるときしか基本的に出ない為に仕方のないことなのだが………後者の場合は大体敵対している霧生の存在がある為、油断できない。
しかし、今日の雪の表情はさっきから緩みっぱなしだったりする。
――――――――
とりあえず繁華街までやってくる。
「何しようか」
「うーんとねぇ…」
無計画にやってきたものだから有楽斎は当然ながらどこに行くとか、食事する場所はここがいいだろうというものは何も考えたりしていない。
有楽斎のほうは何も考えていなかったりするのだが、実は雪が綿密に計画を練ってきていたりする。
「とりあえず映画館に行こうか」
「そうだね」
学生服と着物というのは実に珍しい組み合わせのようで結構視線を感じるものだが、マイペースとデートの事しか考えていない二人組だから特に気にしていなかったりする。
「………目立ちすぎだ。あの雪女め……ともかく、坊ちゃんの知り合いがいないことを祈るだけだな」
ただまぁ、本人たちが気にしていなかったとしても、他の人物が彼らの代わりに気にしていたりする。
「ともかく、将来坊ちゃんを救ってくれるのなら雪女だろうが魔女だろうがカブトムシだろうが何だろうが構わん………今は手出し無用というところだな」
手出しはしないが覗き、もとい監視行為は続行するのである。
――――――――
「どの映画見ようか」
「えーっとねぇ」
悩んでいるふりをしながら実は既に決めてきているのである。映画館に電話をして上映時間とタイトルを既に聞いて決めている。
やっぱり親密になるならラブロマンスだろうと思っていたのだがそれっぽいタイトルはなかった。しょうがなかったのでそれならホラーもので有楽斎を頼ったりしようと考えていたりする。
「夏だし、ホラーものやってるよ。あれ見ようよ」
「あ、うん。そうだね。でも雪って怖いの………大丈夫なんだね」
「へへ、まぁね」
ほら、私って雪女だから、そう口走ってしまいそうになったのを飲み込む。そのあとに思うのだった。
「………人間じゃなくて雪女って言ったらどんな顔するんだろ………」
ちなみに、有楽斎が思っている事は違う事だったりする。
「………この前、友人とこの映画見に来たからなぁ………怖がってるフリしたほうがいいよねぇ」
上映まであと十分程度だったのでさっさと中に入る。平日の夕方、ホラーものということでどうも人が少ない………というか、ほとんどいない。
「まるで貸し切りだねー」
「そうだね。一番いい席で見ようか」
「うんっ」
話は洋館に訪れた雑誌記者とカメラマンの二人が謎の少女を見つける。それを追いかけて行くうちに地下へ落ち、脱出を図るものだった。
当然、有楽斎は最近みているので展開が把握できているしどこで観客を恐怖に引きずり落とすかわかっている。
しかし、まさか一番怖いシーンで隣の人物から手を握られるとは思ってもいなかったのでちょっとだけ驚いたりする。
「ううう………」
唸りながらスクリーンを睨みつけている雪を見て有楽斎はちょっとだけ微笑んでいたりする。
「何だ、虚勢張っていたのか………怖いもの見たさって言うけど、雪もそんな感じの子なんだなぁ」
その後はあまり映画に集中せずに雪の表情を見ていたほうが楽しかったりする。目を見開いたり、ひゃっと叫んだりするのが面白くて仕方がなかった。




