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第34話:朝の騒動

第三十四話

 夏の日差しが直接部屋に差し込まれてきて、ああ、朝なんだなぁという実感がわいてくる。

 しかし、有楽斎にゆっくりと目を覚ますことなど許されなかった。

「有楽斎君っ」

 パジャマ代わりのシャツ、その胸倉をいきなりつかまれて誰かに引っ張られた。引っ張られた余波で頭が前に後ろにと大忙しである。

「何これっ」

 いまだに引っ張られたり押し戻されたりと為すがままだったが、雪が顎でしゃくっているほうを見ないわけにはいかないだろう。見なければ何をされるかわからない。

「………え」

 有楽斎の傍ら、布団から半分はみ出ているところで半裸の花月が眠っていたのである。

 大切なことだからもう一度確認しよう。半裸、まぁ、上半身は下着姿の花月が眠っていたのである。

 そして、有楽斎の手には花月の制服が握られていた。

「………いや、僕が制服を着たかったわけじゃないからね」

「そんなの、どうでもいいよっ。本当っ、何これっ」

 やり場のない怒りをどうすればいいのかという気持ちなのだろう………その割には先ほどからずっと有楽斎を前へ後ろへと押したり引いたりしているのだが。

「……何なんだろうね………ああ、そういえば昨日の夜……って言っても日付は今日に変わっていたから今日の明け方……かな。先輩が僕の部屋にやってきてさ」

「それからどうしたの」

「ちょっとだけ話した後寝たんだよ」

 雪にはこう聞こえていたりする。

「ちょっとだけ話した後(二人で)寝たんだよ」

 雪は見えない鈍器で頭の芯を叩かれたのを覚えた。

「え、それって………本当………」

「うん」

「そ、そっか……あははは………てっきりこの人が無理やりだって思ってたけど………」

 ふらふらとなり始めた雪を不思議に思っていると、寝ていた花月が目を覚ました。

「………おはよう、野々村君」

「おはようございます」

「雪おん……雪ちゃんもいたのね。おはよう」

「…………」

「野々村君、昨日の事は二人だけの秘密よ」

「ふ、二人だけの秘密………」

 雪の頭の中にあらぬ妄想が広がっていく。

「わかってますって」

「そっちの雪ちゃんは勘違いしているようだから簡潔に説明しておいてね。さ、朝ごはんを食べましょう」

「わかりました」

 有楽斎は『あんなことやこんなことをこの部屋で……そうか、そういえばこの部屋には監視カメラが………』などという言葉を口にする雪を支えて立ち上がる。

「きっと、雪も暑さで疲れているんだろうなぁ。かわいそうに」



――――――――



 尾っぽが焦げすぎている魚を前にして花月はため息をついた。

「……これは雪ちゃんが焼いたのね」

「そーですけど、文句があるなら食べなくていいですよ」

 おいしいと言うわけではないが、まずいと言うわけでもない味噌汁に口を付ける。うん、自分とどっこいどっこいだなぁと何故だか感心してしまう。

「野々村君は料理出来るのかしら」

「いや、そんなに出来ないですけどね。雪と同じくらいの腕前です」

 味噌汁を口の中に再び含む。同意を求める為に雪のほうを見たのだがなぜか膨れていた。まるで風船じゃないか………何故だか無性に笑いたくなった有楽斎だったが、口の中には味噌汁がそれなりに入っている。

 早く呑み込まねば……という気持ちとは裏腹に、思いのほか笑えてしまったので間に合わなくなった。

 せめて、せめて雪にはかけちゃいけないとあわてて顔をそらす。普段は誰も座っていない席に向かって吹きかけてしまった。

 今日に限って花月がいることを一瞬だけ忘れていたのがいけなかったのである。

「あ………」

 味噌汁を顔面にぶっかけてしまった。

「くくく…………」

 雪は実に嬉しそうに笑いを押し殺しているが、隠し切れてはいない。

「すみません、風船が………」

「いいわ、別に怪我したわけじゃないから」

 急いでタオルを使い、顔を吹く。

「御手洗さん、やっぱり味噌汁って目にしみたりするかな」

 拭き終わってから雪は質問をする。

「さぁ、それはちょっとわからないわ。あ、こっちに来るなと思って覚悟していたから目をつぶっていたのよ」

 おろおろとしている有楽斎を横目で見つつも花月は余裕の笑みである。

「野々村君は可愛い後輩だもの」

 無表情でそう言われても怖いだけですよ、先輩……とは言えずにどうすりゃいいんだと考え込む。

「それにね、野々村君になら別にぶっかけられても構わないもの」

「ぶっかけ………」

 またあらぬ想像をしたのか、雪がショックを受けたようである。

「まぁ、この件は水に流しておいてあげるわ」

「ありがとうございます」

「ともかく、急ぎましょう。時間が押してきているから」

 なるほど、花月の言うとおり時計はそろそろ有楽斎の登校時間を指していた。

「ぶっかけ………って」

「雪ちゃんが洗ってくれるのよね」

「はい」

 一人呟く雪を置いて、花月はさっさと食器を水につけるのだった。


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