第33話:部屋に忍ぶ者
第三十三話
食事を終え、風呂に入って茶の間に勉強道具を持っていく。茶の間では雪がテレビを見ていた。
「あ、有楽斎君此処で勉強するんだね」
「うん」
「じゃあ邪魔になっちゃうか」
そういって立ち上がろうとした雪に首を振る。
「邪魔にはならないよ」
「え、でもテレビつけていたら頭に入らないと思うけど……」
「そうかな、すんなり入るよ」
なんて羨ましい頭をしているんだろうか、一度その頭を真っ二つに叩き割ってその構造を全世界の人々に教えてあげれば人類皆天才になるかもしれないと雪は思った。
「うーん、それでも勉強している人の隣で無神経にテレビは見れないよ。明日早く起きて私が朝食作りたいからもう寝るね」
「わかった、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
早く起きたいのなら仕方無いなとシャーペンを手にするのだった。
深夜零時、有楽斎は時計を確認して布団へと向かう。それなりに復習もやっておいたし、明日のテストで特に怖い教科はない。強いて怖い事と言えば、『寝坊をすること』だろうか。
タオルケットを腹の上にのせて、深呼吸を二回ほど行う。疲れていた為か、すぐさま眠りの世界へと引き込まれていったのだった。
―――――――
がたっ、という音に気がついて有楽斎は目を覚ます。
「しっ」
「…んぐ」
両目を動かし、誰に口を閉じられているのか、何が起こっているのかを瞬時に判断する。
「………むぐぐぐ」
口をふさいでいるのは御手洗花月だった。
「大声を出さないでね」
こっくりとうなずくと、右手を外してくれる。そのおかげでなんとかしゃべることが出来た。
「……御手洗先輩、迎えに来るのはまだ早いですよ」
時計を確認してみるとまだ午前二時である。花月はすでに制服姿だった。
「迎えに来たんじゃないわ。私のこれまでの行動を野々村君に説明しておこうと思ってね」
「………ああ、なるほど」
小骨がつっかえていたわけではないが、わからないことが分かるようになるのはいいことである。そういった理由で黙って聞くことにしたのだった。
「私ね、一人暮らしをしているのよ」
「そうなんですか」
「ええ。父はいないんだけど母親がいてね。結構厳しい人なの」
想像しがたいが、無理やり想像してみることにした。
「なるほど、先輩みたいな感じの母親ですね………面倒な性格してそうだ」
もちろん、最後の言葉は聞かれないように口の中で呟くにとどまった。
「挙句に心配性でね、ほとんど家を開けている母が今度帰ってくるのよ」
そうなんですか、そりゃまた大変ですねぇと他人事のようにふんふんと頷く。
「で、それが僕に何の関係があるんですか」
「健全な友人関係に、健全な部活動。それをビデオに撮って見せないといけないのよ」
「………僕が感じた視線ってビデオカメラだったんですね」
「そうね、意外と有楽斎君って敏感なのねぇ」
「そうですかね。まぁ、ともかくわかりました。御手洗先輩の指示通りに動けばいいんですね」
「そうしてくれると助かるわ」
花月の言う事を無視し、『御手洗先輩は変人として名高い生徒さんですよ』と言うのも選択肢はあったのだがものすごく渋い表情をしている花月を見ると件の母親はなかなかの人物とみた。
もちろん、その娘さんが変人と言うことはよく理解している。そもそも、どうやってこの部屋まではいってきたのか、寝起きの頭では理解できなかった。
「なんでわざわざ此処でその話をするんですか」
「昼は母の手の者がうろちょろしていたからね。身代わりが私の代わりにベットで寝ているわ」
身代わりが影武者的な何かなのか、それとも、等身大のぬいぐるみなのか定かではないがものすごく面倒な母親という事がわかった。
「まー、ともかく僕は寝ます。明日テストですから」
「そうね、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
タオルケットを再びお腹にかけ戻して有楽斎は規則正しい寝息をたてるのだった。




