第31話:迫りくる影
第三十一話
期末テスト二日目。有楽斎が準備をして家を出たところ、そこには御手洗花月が立っていた。
「野々村君おはよう」
「おはようございます……あの、どうかしたんですか」
実に珍しい、いや、初めての事であった。ラブレターをもらって浮かれていたらまさかの女教師(かなり年上)からだったとかそんな感じである。これで伝わらないのならば夏に雪が降ってくるぐらい珍しいということである。
「確か御手洗先輩の家って結構遠いと思っていたんですけど……」
はっきり言って有楽斎の家とは正反対の方角である。こっちの方角に来る用事が何かあったのならついでだろうと割り切ることもできるだろう。彼女が欲しい、喉から手が二本ぐらい出てくるほど欲しいと思っている男子生徒なら『この先輩は僕ちゃんの事がもしかして好きなんじゃあなかろうか』と考えただろう。
しかし、幸か不幸か有楽斎自身の性格もあるが周りに女の子がいてそれなりに免疫のあったために『きっと面倒を言いつけに来たんだろうな』と一人つぶやいた。
「そうね、遠いわ」
「何かこっちに用事でもあったんですか」
「ええ。有楽斎君と登校しようと思ってね」
「………」
何か企んでいるなと有楽斎は眉をあげる。
「御手洗先輩、目的は………」
有楽斎の唇に花月の右人差し指が優しく当たる。
「………待って、二人の時は花月って呼び捨てでいいって言ったわ」
「………そうでしたっけ」
「そう」
有楽斎にとって出来ればつつきたくない相手なのだが名前で呼ぶことを強要するのならば仕方がない。
「花月………先輩。やっぱり呼び捨てなんて苦手ですよ」
じろっと睨みつけられてあわてて先輩を付け足す。上司に言われた通りに直したら心変わりしたのか元に戻せと言われた社員の気持ちになった。
「そうね。花月さんって呼びなさい」
「はい」
「さ、学校に行くわよ」
「わかりました」
有楽斎にだって選択肢はある。様々な世界の方だって世界の半分をやるからとか鏡を壊すか、闘い続けるとか………。
彼の選択肢の場合、残念ながら二つだが………立派な二択、『はい』と『わかりました』があるのである。
高校が見えてきていたのだが昨日部室で感じた誰かから見られる視線を感じた。
「ん」
「どうしたの」
「……いや、何でもないです」
花月の視線は実に厳しいものだった。気のせいでしょ、気のせいにしておきなさい。また誰かに見られているような気がしますぅとか言うのなら責任取らすわよ………と語っている。
「花月せんぱ……花月さん、今日も終わったら部室に来ていいですか」
「あなたと私の二人だけ、の部室だもの。誰に気兼ねすることもないわ」
二人だけというところをやたら強調して笑いかけてくる。ただ、目が笑っていなかったのが気になった。
「はぁ、わかりました」
ともかく、面倒事を起こさないように気を付けたほうがよさそうだとため息をついた。
―――――――
「いやー、ほら、昨日は結構俺って取り乱してたじゃん。だけどさ、昨日負けた分は今日しっかり勝ったから大丈夫だよ……うん、総合点数じゃ有楽斎にだって負けてないんじゃないかなぁ」
放課後となった教室、自分の机に腰掛けて友人は言うのだった。
「そっか、そりゃよかったね」
「うんうん、っておい…もう帰るのか」
「いや、この後部室に行かないといけないんだよ。御手洗先輩と約束したからさ」
「約束ねぇ……あの部長さん……そういえば……っておい」
「今度はどうしたのさ」
考え込んでいる友人を放っておいて教室を出て行こうとする有楽斎を呼びとめる。
「なーにか思いだそうとしているんだが思いだせない」
「そっか、何か思いだしたら教えてよ。悠長に教室いたら榊さんたちが来るからさ」
「ああ、そういえば昨日もここにきて何やら騒いでたな………」
「特に妹……榊里香さんとは会いたくないんだよ」
「ほー、何かあったのか」
「………まーね。じゃ、僕は行くよ」
廊下に出ようとしたところで何かに気づき、有楽斎が友人の隣を駆け抜けていく。向かう先にあるものは窓だった。
「あ、おい、ここは二階………」
ひらりと有楽斎の姿が消えて唖然としている友人。その肩をいきなりつかまれる。
「ちょっと、金づるはどこにいったの」
「あ、えーっと……有楽斎ならそのー……もう一階にいきましたよ」
「あっそう……ほーんとに逃げ足速いんだからっ」
そういってさっさと教室から出ていく双子の片割れを見送った後、友人は窓へと近寄る。
「………ふぅ」
「お前って大変だな」
窓の淵には必死になってぶら下がる有楽斎がいたのだった。
「そこまですることか」
「……男には、男にはくだらないと思いつつも全力でやらなきゃいけない時があるんだよ………僕にもわからない。だけど身体が反応したんだ」
「………そうか」
俺も大変な奴の友達になっちまったものだなと友人は有楽斎をひっぱりあげるのだった。




