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第3話:お金持ち

第三話

「ん」

 部屋に戻って有楽斎は顔をしかめるのだった。なんだか部屋の温度が下がっているように感じたからだ。

梅雨にもなっていないこの時期に無意識で冷房を入れるわけがないし、元気に稼働しているのは骨董品と呼んでもいいぐらいの扇風機ぐらいだ。他にいるのは雪と名乗った少女だけ。

「え」

 扇風機前で口を開けて『あ~』とやっている彼女の周りには冷気を纏った何かが見えた気がした。雪も、有楽斎に気がついたようで口を閉じて首をかしげる。

「どうかしたの」

「え、いや。何でもないです」

 秋の訪れを感じる寒さ……まだ夏も来ていないのに夏をすっとばして秋がやってくることは地球滅亡がやってきたとしてもそれが起こることはないだろう。地球温暖化が叫ばれているが、寒い場所は寒いままである。

「え~と、僕の両親に話を聞きました」

 ぶっちゃけ、親父は電話に出てこなくてよかったと心の中で愚痴る。

「改めて確認しますが今日からここで下宿するんですよね」

「うん」

 え、やったぁ、こんな嬉しい子と同居なんて超ラッキー……といったことは有楽斎に限ってはない。可愛い子には旅をさせろと言う諺があるが、有楽斎はそれより先に『可愛い娘には気をつけろ』という言葉を学んだからだ。

「部屋はいろいろと空いているんで好きなところを選んでくださいよ」

 有楽斎の住んでいる家にはたくさんの部屋がある。客間といっていいだろう。両親の話によると以前は寮もやっていたそうで、そういった関係上部屋がたくさんあるとのことである。

 どこの部屋もそれなりの広さを持っているが長年使用されていない為に掃除も大変である。

「どこがいいですか」

 広さが同じのために日の当たる部屋か、それとも日当たりの悪い部屋かといった違いだけだろう。トイレに近い場所、中庭に近い場所、窓の外には池を見ることが出来る場所など、人によって様々のはずである。

ちなみに、一番日の当らないところでは湿気の管理をきちんとしておかないと………ここらの地域特産の『もっこりきのこ』とやらが生えるそうだ。

「君の部屋は……えっと、有楽斎君だっけ」

「え、はい」

 小首をかしげている雪に肯定するも、何故名前を聞かれるのかよくわからなかったりする。

「何ですか」

「他人行儀だなぁ、今日から私と暮らすことになるんだから敬語なんていらないよ」

「そうで……」

 雪にじっと見られて有楽斎は一旦口を閉じた。

「…そうかな」

「うん、そうだよ。うんうん、もう家族も同然じゃないかな」

 そうだろうか、違う気がするんだけど……という心境が読みとられることもないので有楽斎は再び同じ質問をする。

「それで、どこがいいかな。部屋はいろいろあるから好きなところを選んでいいよ。トイレの近くとか、庭の近くとか………あ、玄関の近くも一応…」

「私は有楽斎君の近くの部屋がいいな」

 おいおい、どきっとするようなことを言ってくれるじゃあないか。こいつはもしかして自分の事が好きなのではないでしょうかと有楽斎は一瞬だけ考えるも、その考えを切り捨てた。

「僕の部屋はあそこだよ」

 指差した隣の部屋に歩いて行って手を振られる。自分の向かい側の部屋が弟の部屋だったのでとりあえずはよかった。

「そっか、じゃあ此処がいいや」

「ところで、荷物とかを持っていないみたいだけど後で送ってきたりするのかな」

「ううん、こっちで必要なものは買うようにって言われたの。でもね、来たばかりで地図とか持ってないし、よくわからないからお店とかに案内してもらえると嬉しいんだけど」

「えっと、いつ」

「今からがいいな」

「お金は大丈夫だよね」

「うん、しっかりとここに………」

 着物をまさぐっているが、途中から不思議そうな顔になった。まるで、太陽は西から昇りますと言われるような感じだ。

「あれ、あれれ……」

 嫌な予感が有楽斎を襲う。こわごわと彼は尋ねるのだった。聞かなくたって大体予想できるのだが、聞いてあげるのが人の道だろう。

「もしかして、財布がないとか………」

「お財布が………ない」

 雪は胸を両手でたたき、腰を叩き、太ももを叩いたのだが財布が出てくる気配は一切なかった。見ていて悲痛以外の何物でもなく、しかも涙目になっていた。

「う、うう………これじゃここで生活できないっ。下宿代も払ってないのにっ」

「あああ、ま、まぁ、とりあえずはいいから、ね、父さんたちも家に帰ってこないし、あわてなくてもいいよ。一人増えたぐらいじゃそんなに僕は困らないから」

「………本当なの」

 くるくると表情の変わる女の子だ…ちょっとこう言ったタイプは周りにはいない。有楽斎はそう思って話を続けた。

「うん、大丈夫大丈夫。家事とかちょっと手伝ってくれればその分下宿代から引いてもいいだろうし、泣くことじゃないよ。服だって出し替えておくからお金が余ったときに返してくれればいいから」

 涙目のままで終わり、涙を流すことはなかった。その時、生まれて初めて有楽斎は思うのだった。



 よかった、うちがお金持ちで。



「ともかく、今日は遅いから夕飯の支度をするからね。買い物に行って来る。あ、料理とかもしかして出来たり………」

「ごめん、包丁も握ったことない」

 きっとこの子は電子レンジに卵を入れるに違いないと有楽斎は考える。

「いいんだ、はは、とりあえず材料を買ってくるよ」

 ちなみに、有楽斎の料理の腕はうまいかと聞かれればそうでもない。目玉焼きも満足に作れないのだが、まずいというわけでもない微妙なところである。レシピを見て作れば十人中九人が『うまくはないけど、食べる分には問題ない』と答えるだろう。残りの一人は『多分、自分で作ったほうがいい』といったところだろうか。

「私もついていく」

「いいよ、朝は倒れていたんだしゆっくりしてたほうがいいって」

「ううん、ついていくから」

 着物のままで隣を歩かれると恥ずかしいんだけどなぁ、そんな事を考えるが言えるわけでもない。まぁ、大丈夫だろうと楽観的な事を考え、頷いた。

「じゃあ行こうか」

「うん」

 頷く雪を見て有楽斎は『かわいいなぁ』と思うのだった。なんて楽観的なのだろうか。人は誰かに会って知り合うたびに何かしらしがらみを抱えて行くのである。


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