第27話:昼のひと時
第二十七話
夏のお昼時と言えば炎天下の直射日光をくらって野球部員が倒れるなどというエピソードがあったりする。あー、そんなこともあったねぇとか笑い話に出来るならばいいのだが、実際には洒落にならない時がある為に早急な対応が必要である。
「あー、暑い」
熱中症というのも屋内で発症するときもある為にこまめな水分補給などが必要である。
「お昼は外で食べるからいいって言ったからなぁ…ソーメンぐらいしか食べるものがないや」
畳の上を這って移動し、冷蔵庫の前に到達する。
「ああ、そうめんはここじゃないや」
冷蔵庫からは二足歩行で移動し、進化を見せた雪だったが一束しか残っていないそうめんを見つけてがっかりとしたように再び膝をついた。
「………しょうがない、か。外を出たら融通利かなそうな鬼がいるしなぁ」
「誰が融通利かない鬼だって」
あわてて隣を見るとそこには鬼塚霧生が立っていた。
「…………今度はどうしたの」
「何、デバガメ行為を行おうとした雪女の監視だ」
「あっそう…お昼は…」
絶対にそうめんは渡さないから…言おうとして霧生がそうめんの束を抱えているのを見てやめた。
「私の一束はみんなの為に、あなたの全部は私の為に」
「えらく自己中心的な格言だな」
その後、そうめんの奪い合いが勃発したとかしないとか。
――――――――
霧生と雪がそうめんをかけて紙相撲を行っている頃、里香と有楽斎はデパート内部の飲食店で昼食を摂っている最中であった。
最初は高級料亭のチェーン店(この時点で高級料亭とは思えず)っぽい店にしようと話していたのだがそれもなんだかなぁという有楽斎のつぶやきで珍しく折れた里香はファミレスのチェーン店に場所を変えたのである。
「何にしようかな……榊さんはどれにするの」
「私は…えーっと」
自分が話しておいておかしいとは思ったのだがまさかこの人物と普通の会話をすることが出来るとは思いもしなかったりする。それがまた自然に出てきたのだからなおさら違和感を覚えた。
自嘲気味に笑う有楽斎。それに気がついた里香が首をかしげている。
「どうしたの」
「いや…ね、おかしくてさ」
「おかしいって……私何かおかしいかな」
鏡を取り出して自分の顔を眺める里香に有楽斎は首を振る。
「ほら、榊さんっていっつも僕をからかってばかりだからさ。まともに話したこともほとんどないから普通に話せておかしいってことだよ」
「………ああ、そっか」
その後はメニューを両方とも決める。しばらく経ってから運ばれてきたものを前に二人とも黙って箸を進めた。
もう少しで食べ終わると言うところで有楽斎は疑問に思っていた事を口にした。
「あのさ、なんで今日はいつもみたいに…なんだろ、とりあえずいつもと違うのさ」
「これは…」
口ごもったのをみて聞かない方がよかったかなぁと後悔するも、時すでに遅し。
「…………眼鏡をかけたから」
「え」
「眼鏡をかけているから」
一度目は聞き取りにくい声、二度目はしっかりとした声だった。周りの客も不思議そうな表情をして有楽斎たちを見ていた。
「私、目が悪いから眼鏡をかけていないときはあまり見えないの」
「そりゃあ……そうだろうね」
悪くなければ眼鏡をかけない。中には伊達眼鏡というものもあるのだが視力が悪いのならば伊達眼鏡なんぞかけることもないだろう。
「眼鏡をかけてないときはなんで…」
「さ、早く食べ終えて次に行こう」
続けて質問しようとしたのだがそれもまたかき消されて有楽斎はおとなしく食事を再開し始めるのであった。
食事の代金は有楽斎が支払い、店を後にする。
「お昼からの予定ってあったりするかな」
当然、連れてこられた有楽斎の発した言葉である。少しの間だけ里香は考えているようだったが照れたような表情をしていうのだった。
「遊園地に…行きたいな」
なるほど、午前中は冷やかしを兼ねてのデパート内部で過ごして昼食をとってあの大きな遊園地にご招待ということだったのか…うんうん、遊園地に行こうとどこに行こうと心の準備は大丈夫だ。
里香に手をひかれて有楽斎は歩き出す。エレベーターではなく階段に向かっているところがまだまだ若い証である。これがまぁ、ちょっと歳が増えている状態だったら階段などという選択肢は頭の中からスパッと抜け落ちてエレベーターへと一直線。肥大化したおばちゃんなどが我先にと真ん中を陣取って動こうとはしない。恐ろしい世の中である。
里香は何故だか一階の出入り口に向かっているようではなくて上へと階段を踏みしめて昇っていく。
あれ、こっちの方向にあんな大きな遊園地があったかなぁと有楽斎は考えたのだがその答えは出ることはなかった。