第26話:勝利者
第二十六話
三階建てのデパート、一階の正面入り口から入店した有楽斎と里香はエスカレーターやエレベーターなどを使わずに階段という選択で最上階の三階まで駆け上がる。しかし、目的の店が三階ではなく一階だった事に気がついたらしい里香は再び有楽斎の手を引っ張って逆走。
「こっち」
里香に手をひかれて有楽斎はふらふらながらもついて行く。彼女の向かう先には夏真っ盛りと言わんばかりの様々な水着が有楽斎を待っていた。
「………夏、だからなぁ」
鈍い有楽斎でも今後の展開が予想できた。里香は水着を買うためにここにやってきたのだろう。しかし、それならば何故男の自分が呼ばれたのだろうか…あんなビキニやら口にはできないとってもせくし~な水着を付けた事など一度もない。
アドバイスを聞くつもりがない、というよりも聞けない相手を連れて行ってどうするのだろうか…果てなき悩みが有楽斎を苦しめるのであった。
―――――――
有楽斎が理解しがたい問題に直面している頃、雪も鬼塚霧生という面倒な問題に直面していた。
正面からの強行突破はさすがに厳しいと思われる。事実、一度試してみたところ身代わりとして投げた氷塊があっさりと砕かれたのである。
それなら氷柱を相手に飛ばしたらどうかとやってみたのだがこれもまたいまいちであった。全て避けられ、アスファルトにつきささったり、近くの民家の敷地に着弾するというお粗末な結果になったのだ。
「どうした、手詰まりか」
霧生にそう言われて雪は眉根を寄せる。手詰まりというわけではないし、方法はいくらでもある。たとえば、有楽斎に電話して助けに来てもらうとか…だろう。
「別に手詰まりなんかじゃないから」
助けを呼ぶ以外にももちろん策はある。霧生が何を考えてこんなことをしているのかいまいちわからないがとりあえず今は野々村家に逃げ込むのが先決である。
人差し指を霧生につきつけ、高らかに宣言するのであった。
「次の一撃で私は有楽斎君の家に逃げ込むからっ」
アスファルトの道路を蹴飛ばし、人型の氷塊を霧生にぶつける為に放つ。
「ふっ」
右拳の突きで一体、左手のアッパーで二体目が霧散。三体目は足で軽くあしらわれ、最後の一体は背負い投げで民家の犬小屋を奇襲するにいたった。
四体の氷塊が消されたのは一瞬の出来事だったがその一瞬で雪は霧生の懐にて冷気を開放。
鬼塚霧生は氷の彫像と化したのだった。
「………一分ぐらいかな」
すぐさま脇をくぐりぬけて走り抜ける。後ろを振り向くなんて考えない性格の雪はただ足だけを動かした。
その甲斐あってか鬼塚霧生が追ってくることなく雪は無事に野々村家に逃げ込むことに成功したのだった。
「白星っ」
右手を天井に向けて突きだして一言つぶやいた。
―――――――――
雪が危機を乗り越えたころ、有楽斎は今日一番の山場を迎えていた。
「これ………かな」
紫の胸を強調した水着をつきだす里香。
「えーと……」
いーんじゃないかな…とは恥ずかしすぎて言えない有楽斎は悩んだふりをして頬を掻く。
「じゃ、じゃあ…こっち…………」
つけたらお尻があられもない姿となりそうな水着を代わりにつきだされる。店員さんの笑顔が『カップル一年目かぁ~がんばれよっ』といった応援するものなら有楽斎も照れながら選んだかもしれないが『さぁ、あんたはどっちに食いつく男なんだいっ』という爛々と輝いた瞳だから気が引くのである。第一に二人はカップルではない。
相手が勝手に決めてくれるような性格ならよかっただろう。いや、いつもだったら都合よく決めてくれていたに違いない。しかし、今日の里香はどこかがおかしいから有楽斎に投げかけてくるのである。
頬を染めているがそれを隠すために少なめの面積の布地で頑張っている。
八方ふさがりだなと実感してあたりを見渡す。
「あー…………」
刺激の少ない水着をとってきて有楽斎はそれを里香に渡すのだった。
「これ……似合うと思うんだ」
しばらくの間、里香は悩んでいるようだったが有楽斎の顔を見て頷く。
「うん、じゃあこれにする」
里香がレジに向かって歩き出した時に心底ほっとした表情をしてしまう。のぞき根性ありまくりの女性店員は実に残念そうな顔をしていたのだった。




