第22話:後にわかること
第二十二話
雪に騙されて玄関までやってきた有楽斎は曇りガラスに映る人影を見つけた。
「ちょっと待たせちゃったかな」
とっさに出た雪の嘘だったがそれは真となって時間稼ぎとなるのであった。
有楽斎は玄関を開けるとそこにいた人物を見る。
「あ、えーっと……」
一瞬だが猫かぶりの双子の妹、里香だと思ったのだが目の前の人物は瓶底眼鏡をかけており、さらにはいつものように元気があふれ出ているとは思えないほどもじもじとしていた。
「あ、あのっ、これっ」
眼鏡の少女から一枚の紙を手渡される。内容を確認しようかと悩んでいる間に相手はあわてたように出て行ってしまった。
「何だったんだろう」
手渡された紙切れに書かれている文字は携帯電話の番号と思しき数字の羅列。そしてその下に書かれている文字は『暇な時に電話してきてください』といったものである。
新手の詐欺だろうかと思いつつ、携帯電話に手を伸ばしそうになる。しばらく悩んでみたが結論が出るわけでもないのでいったん保留にすることにした。
「とりあえず用事が終わったから部屋に戻ろうかな」
他に来訪者がいないかどうかを確認して家の中へと戻る。
廊下の角を曲がると少し怖い顔をした雪が有楽斎の部屋の前に立っていた。
「ん、どうしたの」
心の中では『あちゃー、御手洗先輩が何か雪に言ったんだなぁ』と思っていた。
「………何でもないよ」
何かあったんだろうから怖い顔をしているのだろうに、雪は自室へと戻っていく。ひきとめようかと思ったが原因と思われる花月がいる前ではどの道、ちゃんと話してくれるとも思えなかった。
「御手洗先輩、何か雪に言ったんですか」
「別に何も言ってないわ。ちょっと二人で話をしていただけ」
その目はしっかりと有楽斎を見ており、嘘をついているようには見えなかった。ただまぁ、相手を傷つけても気がつかない人間は多々いる為に気付かぬところで心象を悪くしていることも考えられる。
ともかく、後で雪に詳しく事情を聴くことにして先ほどの写真の続きを話すことにしたのだった。
「で、さっきの写真なんですけど」
「ああ、あれは雪ちゃんに渡したわ」
「え」
「彼女、興味があるそうよ」
今はもう誰もいない廊下に向かって手を振って壁にもたれかかる。
「後でじっくりと二人で眺めるといいわ。大元は私が持ってるからさ……あ、私もう帰るわ」
「え」
さっき来たばっかりじゃないですか、もうちょっとゆっくりしていってもいいんですよという心とさっさと帰ってくださいと言う相反する気持ちが有楽斎の中で渦巻くのであった。
「ああ、そうだったわ」
「どうかしましたか」
部屋を出ようとしたクマのぬいぐるみ前で立ち止まった。ぬいぐるみがしっかりと二人を見るような立ち位置である。
「これ、有楽斎君の部屋を見せてくれたお礼ね」
そう言うと花月は有楽斎の頬にキスをしたのであった。
――――――――
「なっ………」
頬に“ちゅう”をした花月、された有楽斎を見て雪はモニターに顔を張りつかせるのであった。そして、あわてて部屋から出ると有楽斎の部屋を躊躇なく開ける。
「…………」
そこには既に離れている二人がいたのだが両方とも澄ましていた。花月のほうを睨みつけるが彼女は涼しい表情をするだけ。
「雪さん、私は帰るわ」
「………そうですか。さようなら」
雪は吐き捨てるようにそう言って扉を乱暴に閉めるのであった。
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「雪、醤油とってくれないかな」
「………」
あれ、聞こえてないのかなぁと思いつつ自分で醤油をとる有楽斎。それにようやく気がついてとぼけたように言うのであった。
「ああ、ごめん。気が付かなかったよ。ごめんね、有楽斎君」
「いやいや、いいよ」
なんだか今日の雪はとげがあるなぁと思っている有楽斎だったが雪のほうもよくわからないもやもやをどうすればいいのかよくわからないので目の前の相手にぶつけているだけだったりする。
ここにジョニーが居たら言うだろう。
『それがこの世で一番素晴らしい感情さ』
ここに友人がいればこういうのだろう。
『ここからドロドロの展開が始まるんだな』
しかし、この場所に二人はいない。
寝るまで有楽斎は雪に気を使い続け、彼女はいらいらしっぱなしであった。そしてまたこの二人の関係が後に一つの試練となろうとは誰も知らなかったのである。