第20話:先輩、動く
第二十話
下校途中に何処かによるわけでもない。有楽斎が他の友達と一緒に帰っていたりすると稀に喫茶店によったりするのだが新聞部部長の花月と一緒に帰っている途中ではそういった事が起こると言うわけでもない。
そもそも、花月と一緒に帰ること自体が珍しいことである。なぜなら彼女は有楽斎に部活終了後、部室の掃除などを言いつけたりするからだ。彼女は帰る支度を終えてそれを見ている。
掃除の確認は気が向いたらやるようで数日経ってから『ほこりが積もっているわ』と言われるものだからたまったものではない、埃は溜まっているのだが。
この前一緒に帰ったのは土砂降りの日だったかなぁと考えていると花月に呼ばれた気がした。
「私の話を聞いているの」
少し眉をひそめた花月が有楽斎の事を見ていた。それにあわててとりあえず返事をする。
「な、何ですか。ちょっとぼーっとしてました」
「…」
これはやばいぞ、天変地異の前触れだろうか…そんなことを思いながら覚悟を決めた有楽斎だったが、花月はため息をひとつだけ吐いた。
「喉が渇いたわ」
そう言われたからには何かしなくてはいけない。後輩という立場上、先輩の言う言葉は絶対である。先輩が右を向けと言ってきたら右を向いて左を向けと言われたら左を向かないと何をされるのか分からない。きっと、有楽斎の想像を軽く超えてくるような言葉では言い表せないあんなことやこんなことをするに違いない。
恥を知らない先輩、それが御手洗花月である。
「わかりました。じゃあ何か買ってきますよ」
自動販売機に走ろうとした有楽斎の手をつかんで止める。
「自販機で買ったら高いわ」
「え…」
「というか、そんな安っぽいものは飲みたくない」
「じゃあ喫茶店にでも寄りましょうか」
「いや、いいわ」
じゃあどうすればいいんでしょうと有楽斎が尋ねる前に花月が口を開く。
「野々村君の家に連れて行ってほしいの」
――――――――
「あー、死ぬかと思った」
鬼塚霧生と追いかけっこをしていた雪は有楽斎を見つけるとため息をついた。向こうもこちらに気がついたようで有楽斎が所属している部の部長と共に手を振っている。
「こんなところで何してたの」
合流した有楽斎からそう言われて素早く返答する。
「散歩だよっ。ほら、私ってあんまり外を出歩からないから健康に悪いかなぁって…テレビで言ってたんだよ」
「そうなんだ」
有楽斎は納得したようでうんうんうなずいて『健康は歩くことからなんだなぁ』とひとり呟いていたりする。
しかし、隣にいる部長とやらは無表情で雪の事を見ていた。何か言いたそうな視線を感じるのだが本人は黙り込んでいる。
「これから御手洗先輩を家に呼ぶことになったんだ」
「あ、そうなの」
ともかく、雪にとってこれで霧生から追いかけられないで済むと思うと心底ほっとするのであった。
今の自分にはあの化け物の相手をするのは荷が重すぎる。
それが雪の出した結論であった。
コンクリートを穿ち、天を翔け、巨木を叩き潰す……なるほど、鬼とはまさしく暴力そのものだなと久しぶりに実力不足を感じた。
「常識外れよ」
「え、どうかしたの」
「ううん、何でもない」
自分自身が人間から見たら常識外れの雪女なのだが、雪にとっての常識なので関係ないかもしれない。
ともかく、今日以降は有楽斎の家から出ないことにしたのだった。