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第2話:日常に挟まる非日常

第二話

「ただいまー……って、誰もいないか」

 外門から玄関までの道のりが五十メートル程、庭には苔むした岩やちょっとした行けなんかもある。どうみてもお金持ちの家にしか見えない住居である。

 両親は毎日忙しいために家にいる事のほうが少ない…というよりも、帰ってくるのは正月ぐらいだ。

当然、『お父さん、今度の日曜日に動物園に連れて行ってくれるって言ったじゃないかっ』なんて事は起きなかった。家族が家にいる時間なんて殆どなかった為に孤独な少年時代を有楽斎は送っていたりするのだ。

そんな孤独な彼にも兄弟はいる。とても優秀な弟が一人だけいるのである。

ただ、弟は両親と常に行動をしている為に遊んだことはそれこそ片手で事足りる回数だ。兄弟がいながらも小さいころから寂しい思いをしていた有楽斎。

暇を持て余すこともあったのだが、一人でも遊べると言えば遊べる。一人かくれんぼ、一人おままごと、一人だるまさんが転んだ、一人おにごっこ、お一人様人生ゲーム、一人バンジー………友達が出来るまで本当に孤独な時間を過ごしたのだ。

「今日は何作ろうかな~」

 お金持ちの家にはお手伝いが住んでいる………その法則はこの家に適用されていない。以前、家政婦を雇っていたら何かを盗まれて逃げられたらしくそれが原因でこの広い屋敷にいないのだ。

もちろん、掃除洗濯料理などの家事は家にいる者、つまりは有楽斎が一手に引き受けており、年頃の子どもが持つ『一人暮らしがしたい』という願いを叶えていたりもする。

彼がまだ小さい頃は一人暮らしと言う奴は大変だと実感していたのだが今では日常となっており、違和感すら覚えない。

 しかしながら、違和感を覚えたりはしていないのだが不思議に思っている事もある。自分の家の全部屋をいまだ有楽斎は把握していない。蔵の近くにある廊下は荷物が置かれているし、危険だから近づくなと念を押されているのだ。ともかく、この話は今現在では意味がないので放っておくことにしよう。

 よし、今日はがんばって目玉焼きを作ろう………有楽斎はそう心に決めるのだった。そんな時、一人で住むには広すぎる家に来訪を告げる音が響き渡る。チャイム音が変に間延びしてしまうのはさすがに機械のほうにガタがきているためだろうか。

「はーい」

 この家にチャイムを押してわざわざやってくる人はいない。人が来ないのもあるのだが、用事がある人は基本的に両親の携帯電話の番号を知っている為に家にわざわざ来ないのだ。

新聞、宗教勧誘、その他の訪問販売も家の前に貼られている『野々村新聞地域販売所』、『宗教団体ノノムラット』といったふざけた言葉が効いているのだろうか。

 さて、一体だれが来たのだろうかと不用心にも引き戸をスライドさせる。

「え」

 そこに立っていたのは朝助けた少女。まだ、少女なら他の宗教家、新聞の勧誘よりか幾分、マシだろう。少女は肩で息をしており、頬は朱に染まっている。

「はぁ………はぁ、恩を返しにやってきたの」

「恩返しですか………」

 鶴の恩返しが頭の上でうろうろするが、それよりもまず目の前にいる少女の格好が気になった。

 真っ白な着物を着ており、帯は水色。ただ、崩れている感が否めなかった。黒髪は長く伸ばされているのだが、白い肌の肩が露出しているところにかかっていたり、ぼさぼさになっていたりする。

「はぁ、はぁ……と、とりあえず家に入っていいかな」

 一瞬、泥棒かもしれないと思いつつ有楽斎はその少女を中に入れるのだった。少女のほうには何やら鬼気迫るものがあったし、有楽斎も押しに弱い性格だったので入れないと言う選択は出来なかっただろう。

「ふー、やっぱり畳が一番落ち着く~」

 両手、両足を投げ出してリラックスしている少女に有楽斎はおずおずと尋ねるのであった。

「ええと、何か飲みますか。緑茶とコーヒー、どっちが………」

 てっきり素性を聞くものだと思っていたのだがとりあえずおもてなししたほうがいいだろうと言う結論に至ったらしい。

「じゃあお冷いいかな。きんきんに冷えた奴お願いします」

「はぁ、いいですけど」

 確かに、例年に比べたら暑いのだがお冷を、しかもきんきんに冷えている奴を飲むものだろうかと疑問に思いつつも準備を終えて、着物の少女の前に置く。

「どうぞ」

「ありがとう、じゃあいただきまーす」

 グラス一杯にあったお冷は一気飲みのおかげで氷だけになったと思いきや、その氷も少女の口の中に入って砕かれていた。

「ふ~、落ち着いた」

「あのぅ、貧血だか熱中症だったのかはわかりませんが身体のほうはいいんですか」

「え、ああ、大丈夫大丈夫。心配してくれてありがとうね。ところで、団扇ないかな。ないなら扇風機でもいいんだけど」

「団扇………ちょっとないですね。扇風機なら隣の部屋にありますんで持ってきます」

「ありがとう」

 少女に言われるままに、隣室から古ぼけた扇風機を持ってくる。耐久年数が非常に長いと思われる扇風機。フレームは元来、白かったのだろうが、今ではすっかり黄ばんでいた。マニアが泣いて喜ぶ逸品だと思われるのだがそのようなマニアがいるかどうか疑わしい事ではある。

「古いね、ううん、違うか。すごく古いね」

 実に素直な感想であった。

「風を送るだけですから、古くても大丈夫ですよ。ちゃんと動きます」

 プラグを差し込んで風邪を少女へと送る。少しだけ埃が舞っているのはご愛嬌と言ったところだろうか、もし、埃アレルギーの人がいたら狂う前にこの扇風機を破壊しそうだが。

「あ~涼しい」

 幸い、押しかけて来た少女は埃アレルギーではなかったようで壊さずに素直に風を受け取っている。舞っていた埃も窓を開けたら出て行ってくれたようであった。

「あの、それで何の用なんでしょうか」

 扇風機に向かって『あー』っと言っている少女に質問するとようやく思いだしてくれたのか正座して有楽斎のほうを見た。ついつい、かしこまって正座をしてしまう。

「こほん、実は君のご両親のところに下宿することになった霜村雪っていいます。ところで、ご両親さんはまだお仕事ですか」

 きょろきょろと見渡しているが、当然此処にはいない。見渡すのをやめると最強のボタンを連打しているところをみると押せばもっと風が来るんじゃないかと思っている節がある。

「ええっと、両親は日本にいないんです。あの、何か聞いていたりしませんか」

「え、そりゃあ。あっちに行くときは野々村さんのお家にお世話になるようにって言われて有り金をはたいてこっちにやってきたわけ………なんだけど、なんだかまずかったかな」

 あははーと脳天気に笑う少女のため、どうやら悪い人ではなさそうだと判断。携帯電話を取り出した。

「ちょっと待っていてください、僕の両親と連絡取ってみますから」

「おお、ありがとう」

 部屋を出て廊下で電話をする。何回かのコール音が鳴り響くかに思えたが一回目で相手の声を聞くことが出来た。

『どうした、有楽斎。火事か、泥棒か、出産か』

「違うんだ、とうさん」

 いつものやり取りである。面倒だと感じている有楽斎は母親の携帯電話にかけるのだが、なぜか出てくるのはいつも父親のほうであった。一度だけ、裏をかいて父親のほうの携帯電話に連絡を入れるとやっぱり出てきたのは父親だった。

「あの、家に下宿するって女の子が来ているんだけど何か知らないかな」

『ほぉ、とうとう家に女を連れ込んだか。成長したな、有楽斎』

 よく勘違いする父である。有楽斎が生まれたとき、女と勘違いしたとか、しないとか、そんな伝説もあるぐらいだ。

「違うんだ」

『冗談だ、冗談。その子の名前は何だ』

 そういえば名前を聞いていなかったなと部屋の中を覗き込む。いまだに『あー』をやっている少女に質問した。

「あの、名前は何ですか」

「え、名前は雪だけど」

「出来れば苗字も」

 ぽんと手を叩いて何度か頷かれる。

「あ、そうだねぇ。苗字は霜村雪。いい名前でしょ」

「そうですね」

 生返事をしてから廊下に引っ込んだ。へへぇ、そうでしょうそうでしょう。ありきたりな名前だな~って思ってるかもしれないけど、私ってばこの名前気にいってるんだ~……という霜村雪の言葉は有楽斎に届いておらず、有楽斎は父親に名前を届けていた。

「霜村雪だって」

『ああ、霜村さんちの娘さんかぁ。うんうん、それなら母さんに変わるから』

「わかったよ」

 大体、なんで父さんが出てくるんだよ。どうでもいいときに連絡した時だけは取らないってどれだけ感知能力が優れてるんだよっ。そんな胸の声をさすがに父親は聞きとれたりはしない。

『ああ、そうだ、襲うなよ』

「襲わないよっ」

『じゃあな』

 少しだけ間が開いて女性の声が聞こえてくる。久しぶりに聞く母親の声だった。

『うらちゃん、霜村さんちの雪ちゃんが来たんだって聞いたわよ』

「うん、そうなんだけど」

 僕はどうすればいいの、なんだかいい子そうなんだけど……といった言葉は当然、言えない。

『しっかりお世話してあげるのよ。猫舌だから冷たい食べ物しか食べさせちゃいけないし、たとえ寒くても暖房なんてNGだからね』

「…わかったよ」

『最後に……』

 有楽斎は背筋がぞくぞくするのをなぜか感じるのだった。

『絶対に、雪ちゃんと一緒に寝ちゃ駄目よ』

「ね、寝るわけないよっ」

 信じられないことを言う母親だな……有楽斎はそれを最後に電話を切る。とりあえず、霜村雪がいる部屋へと戻るため、ふすまを開けるのだった。


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