第16話:いとま
第十六話
「いやー、料理の腕を上げたんですね、坊ちゃん」
野々村家にやってきた巨漢は実にうまそうに箸で料理をつつく。それ見た有楽斎は冷ややかに言うのだった。
「………それ、冷凍コロッケだから」
「あ、そ、そうですか」
その光景を見ていて雪は笑っていたのだが霧生に睨まれて笑うのをやめる。
「今日の皿洗い当番は雪だったね。じゃ、お願い」
「うん」
食器を全部片付け、雪は流しに立った。
有楽斎は空になった霧生の湯飲みに茶を注ぐ。
「で、今日はどうしたんですか」
対面に座って尋ねる。客よりは親密な雰囲気が流れているなと雪は思いつつスポンジを握って泡立たせた。
「今日はたまたま近くに仕事に来たんですよ。だから坊ちゃんの顔でも見ようかと思いましてね………ところで」
霧生はお茶をすするとじろりと雪の背中を睨みつけた。
「………あちらの冷たそうな女の子はどちら様ですかい」
「ああ、あの子は父さんと母さんの知り合いの……霜村雪って子だよ。ここに下宿しているんだ」
「へー、そうですかい。色白でまるで雪女みたいですねぇ」
ぴくりと雪の肩が動いたが有楽斎は気が付いていない。
「そうだね、色も白いし雪女みたい」
がしゃん
皿が割れる音が聞こえてきたので有楽斎はそちらを見る。雪があわてて落とした皿を片づけていた。
「あ、ご、ごめんっ」
「いいよいいよ、触ったら危ない。僕がやっておくから座ってて。えっと、掃除機は………」
有楽斎が掃除機を探しに行くと、必然的に雪と霧生が残される。
沈黙など訪れることなく、鬼塚霧生は雪を睨みつける。
「坊ちゃんに今更雪女達が何の用だ」
返答によってはどうしてくれようか…そんな雰囲気を霧生は纏っている。対して雪は割った皿の破片を片づけながら返答する。
「さ、さぁね。あなたのほうこそ何者よ。鬼でしょ、あなた」
「わかってるじゃないか」
立ち上がり、にらみ合う。
「有楽斎君に危害を加えようなんて思ったら……それなりに覚悟してもらうわよっ」
「なるほど、俺が鬼だからそんなことを言っているってわけか……まぁ、そうかもしれないけどそりゃ間違いだ。残念ながら俺は鬼じゃあない」
「は、だってあなた『わかってるじゃないか』っていったでしょ」
にやっと笑った霧生にどういうことか尋ねようとする。
「え、鬼が何だって」
「ああ、いやいや、何でもないんですよ坊ちゃん。そろそろお暇させていただきますよ」
「もう帰るの」
「ええ、いろいろとやらないといけない事がありましたからね」
ぎしぎしと音を立てていた椅子がようやく解放されて静かになった。
いろいろと聞きたいことが雪のほうにはあったのだが相手にはどうでもいいことのようで、有楽斎も手を振って送り出している。
「あ、ちょ、ちょっとっ」
「いやー、鬼塚さんはもう雪と仲良くなってたのか」
「違うから、ね、ちょっとっ」
雪は急いで外に出たのだが既に気配すらなかった。日がようやく沈み終わるぐらいの暗闇で、夏に近づいてきている証拠に汗がにじんでくる。
―――――――
「ねぇ、あの鬼塚霧生って言う人……どんな人なの」
麦茶をすすっている有楽斎へとそんな質問を投げる。逃げたりせずに有楽斎は答えた。
「そうだねぇ、簡単に言うなら父さん達の部下に当たる人かなぁ。今二十六歳で…すっごく力持ちだよ。とりあえずいい人かな」
「ふーん、いい人……ねぇ」
人という以前に人ですらなさそうである。
「ま、半年に二回ぐらいしか最近は来てくれないからね。小さい頃はよく遊んでくれたよ」
「………ふーん、そうなんだ」
これはまた調査するべき項目が増えたようだと一人嘆息していたのだが有楽斎の方は雪が実はマッチョ系が好きなんだろうかと考えていたりする。
――――――――
月曜からは基本的に学生は学校に行かなくてはいけない。以前、学生と言えば大学生を刺していたのだが今では普通に高校生や中学生にも使われる…うんぬん。ともかく、有楽斎も高校生なので学校へと向かわなくてはいけない。
ちなみに、サボり魔は授業をサボるごとにお金をどぶに捨てているということを自覚していない。これもまた、自分が払っていたら基本的に授業に出るだろう。
朝早くやってきた有楽斎は教室で里香につかまっていたりする。
「ふあぁ………」
あくびをかました有楽斎の頭にチョップが振り落とされた。
「ちょっと、あんたあたしの話ちゃんと聞いてるの」
これでもかというほど顔を近づけている。遠目から見たらキスをしているように見えるだろう。
「ああ、大丈夫、ちゃんと聞いてるって」
理沙の顔を押し返し、有楽斎は頷いた。
「で、旧校舎にお化けが出るとかでないとか…」
ごくりと唾を飲む理沙に女の声が返ってくる。
「そうね、私も聞いたことあるわ」
「うわ…」
気がつけば有楽斎の肩に肘を付けている御手洗花月。
「放課後、三人で行ってみましょう」
嫌そうな顔を二人ともしていたのだが、花月は気に留める様子もなかった。