第15話:雪女と鬼
第十五話
高校生の日常である学校生活を終えて(それがたとえ楽しくなかったとしても日常である)有楽斎は帰宅。
「おかえり~」
「ただいま」
そして、最近日常となった帰宅のあいさつを終えてから自室にかばんを放り込む。それから雪が座っているテーブルの対面に座ったのだった。
普段だったらそのまま部屋にいてお腹がすいたら何かしら夕食を食べ、風呂に入り、さっさと部屋に引きこもるのだが今は話すべき相手が家にいるためにそうする必要もない。一人で生活しているよりも二人で生活しているほうが楽しいんだなぁと地味に感じる今日この頃、と言ったところだろうか。
二人いれば今日何が起こった…そんな会話をすることが出来る。
「今日さ、榊里香って人と理沙って言う人が来たよ」
「え」
金にまみれた汚い笑顔と、顔半分が嘘泣きしている双子の姉妹が脳裏を通り抜けていく。
「此処に…来たってことだよね」
「うん」
「何しに来たの」
有楽斎に尋ねられるもいまいちわからない雪は首をかしげるしかなかった。
「さ、さぁ」
しばらくの間不思議な時間が流れたのだが割と有楽斎にとってはどうでもいい事だったので効かなかったことにしておいた。
「えっとさ、ところで今日は何を作ろうか。何か食べたいものでもあったりするかな。リクエストにこたえるよ」
「うーん、そうだねぇ」
しばらくの間、新聞を眺めていた雪は手をたたいた。どうやら雪のほうもどうでもいいことだったようである。
「有楽斎君の食べたいものでいいよ」
「僕の食べたいもの………ねぇ」
有楽斎が考えている時、雪は小首をかしげた。
「あれ、何か食べたいものでもあったの」
「あ、ううん、違うよ。有楽斎君が食べたいものってなんだろうなぁって、考えていただけだから」
「ああ、そうなの」
「うんうん、そうだよっ」
有楽斎が再び考え始めたときに雪は首をかしげる。
「………なんだろ、鬼の気配があったような………」
大体人外のものが近くにいれば気配でわかる。鬼であれば当然であろう、鬼は気に食わない全てを葬り去る存在なのだから。
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「………野々村さん家に雪女の気配か……うーむ」
二メートル程の大男が野々村邸前にいた。しかし、何をするわけでもなくすぐに背中を見せて消えてしまう。
きっと他の誰かがその場にいたら不審者として警察に連絡していたかもしれないが、あいにくそれを見ていたのは野々村邸付近によくいる野良猫ぐらいであった。
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「有楽斎君っ、このパスタおいしいねっ」
「そうだね、CMで誰でも簡単に作れるって言っていたからね」
「あ、あ、こ、こっちのコロッケの揚げ具合もすっごくいいよっ」
「うん、だってそっちは有名料理店の店長さんが作って冷凍してくれたものだから」
「…………」
「いや、そんなにお世辞を言わなくたっていいから」
性格に言うならお世辞ですらない。雪が『たまには何かおいしいものが食べたい』と言ったのが原因だったりするわけだ。有楽斎なりに考えてみたのだがあいにく、今の料理の腕前では雪を満足させられないと言うことで自分が用意できるレベルで解決しようとしたのである。
「こ、このごはんは……堅くておいしいよっ」
「…………ありがとう」
有楽斎本人としてはなぜかお粥にチャレンジしたつもりである。お粥が固いとは………僕ってまだまだ駄目なんだなぁと心の中でため息をついた。
「………ん」
「どうかしたの」
「い、いや、なんでもないよ」
ピンポーン。
「あ、はーい」
有楽斎は箸を置いて玄関のほうへと急ぐ。
「待ってっ、有楽斎君っ」
そしてそのあとに雪が続いた。有楽斎は気が付いていないようだが訪問してきたのは鬼に間違いないと確信したのである。
鬼は人を襲う。
人を襲うと言っても、そもそも人が鬼に出会うことなどほぼ無いと言っていい。だが出会った者たちは大体が襲われているのだ。あるものは山で襲われ神隠しにあったと言われたり、またあるものは忽然と姿を消した後に千切れた衣服が見つかったりもする。
鬼とは恐ろしい連中だと雪は聞いていた。そんな恐ろしい連中に自分が太刀打ちできるのか、いくら調査対象者だと言ってもそれなりに一緒に生活してきた相手を守りたい気持ちはある。
何より、お金を借りている。
雪は覚悟を決めて玄関が開くのを待った。
ゆっくりと引き戸が引かれて行って現れたのはにこやかな顔をした体躯のいいスーツ姿の男だった。
「あ、鬼塚さんじゃないですか」
「お久しぶりです、坊ちゃん」
有楽斎は後ろに雪が来ていたことに気がついてこっそりと話しかける。
「この人は鬼塚霧生って人でね、父さんと母さんの知り合いの息子さんなんだ」
「えっと、知り合い……なんだ」
なんだ、気張って損したと思いつつも油断したところを狙ってくるかもしれないと相手から視線は逸らさない。
「うん、ちょっと大柄で強面の人だけど優しい人だよ」
「坊ちゃん、誰が強面なんでしょうか」
「あ、すみません。気にしないで下さい」
有楽斎は霧生を家の中にあげる。
「お邪魔します」
雪の隣を通った霧生は彼女の事をまるで値踏みするかのようにじろじろと見ていたのだった。