第149話:氷
第百四十九話
凍ってしまってピクリとも動かない有楽斎の腕を真ん中にし、お互い距離を詰め始める。さらにそれから後ろの方で捕らわれている三人組は黙って二人の戦いを眺めていた。
「雪先輩が出てきてくれたなら大丈夫ですね、榊先輩」
「……いや、どうかしらね」
「私は雪ちゃんの事を詳しく知らないけど、あなた達二人なら詳しいんでしょ」
「はいっ。榊先輩がそんなに懸念する事ですかね」
「……そ、それはまぁ、だって私達二人が何回やっても勝てなかった相手でしょ。それに、今は捕まっている状態だし」
「私もすぐさま捕まったわ」
「腕も一本しか使えない状態よ。腕が使えたら雪だってすぐにつかまっていたかもしれないわね」
「榊先輩は腕が使えないから残念だって言いたいんですか」
「そうじゃないけど…」
これ以上しゃべらないほうがよさそうだと理沙は口を噤んで二人の行く末を見守る事にしたのだった。
「ところで、吉瀬の妹はどうしたのよ」
「えーっと、頃合いを見計らっていると思います」
「今が最大のチャンスでしょ」
「そうねぇ、だけどあの年頃だったらおいしいチャンスを待つんじゃないのかしら」
氷塊をぶつけ合い、相手のすきを突くと言う間接的な戦いが終焉を迎えたのは近づいて一気に叩き潰したほうがよいと言う判断を雪がした時だった。
氷を身代わりにして有楽斎に突撃した雪はいきなり動いた腕によって拘束された。
「そんな…」
あれだけあれば雪さんの氷なんて壊すぐらい造作もないよ……とは口に出しても言えない有楽斎だったので黙って人質達に一人追加するだけであった。
「ま、まだまだあっ」
雪は腕を凍らせて砕こうと考えた。しかし、腕は一向に凍らず覆面レスラーは損な雪に笑いかけるのだった。
「くぅ、ま、負けた…」
歩を進める有楽斎の視線の隅に『雪の部屋』と書かれたネームプレートが写った。
「ネームプレート、あったんだ」
独り言をつぶやいて有楽斎はその扉を開けようとした。だが、すぐさま後ろに飛び退くと先ほど自分がいたところに炎が現れた。
一気に燃え上がって消え去った炎を雪、理沙、美奈代、花月、そして有楽斎が信じられないと言った表情で見つめていた。
「へへーん、今のはわざと外してあげたんだよ」
引き戸をスライドして現れたのはフリルのドレスと魔女が付けていそうな帽子、そしてステッキをもった真帆子だった。
「腕はもう全部使っているようだし、足用として二本はかかせないみたいだからねーっ」
真帆子、考えたでしょ。そう言って笑っている真帆子をまじまじと四人……いや、有楽斎を入れて五人が見ていた。
「うーん、私としてはあの服装ぎりぎりの服装ね」
「やっぱり、ステッキで変身するんだろうなぁ…」
「真帆ちゃん、ちょっと羨ましい」
「……吉瀬も大変ね」
「………」
突如として有楽斎は人質となっていた四人の少女を廊下の隅の方に下し、指をパチンと鳴らした。
「え…」
「今なら何とかなるかも…」
理沙を覗く三人は脱出しようと色々と身体を動かし始める。しかし、どれもうまくいかず、全員が真帆子の方へと再び視線を動かした。
「……」
「さ、いっくよぉ」
有楽斎は自身の頭に装着されている覆面レスラーのマスクを一気に引っぺがした。
「へ…お、お兄ちゃんっ」
「真帆子……その姿で外を歩いちゃ駄目だっていったでしょーがっ」
「そ、外は出歩いてないよっ。家の中だし…」
「……駄目です。許しません」
「馬鹿吉瀬っ」
そんな声を理沙が発したところで後ろを振り返る。そこには真帆子が魔女っ娘の姿をした状態で現れた時よりもショックを受けているようだった。
「どうするのよっ」
「どうするも何も、決まっているよ。真帆子を捕まえて折檻だよっ。お兄ちゃんは真帆子の事を信じていたのに、なのに…」
ぎょろりと目を動かして真帆子を見る。ひぃっ、そんな声を出して真帆子は縮みあがった。
「…真帆子ぉ、お兄ちゃんとの約束を破った罪は重いよぉ…」
「ゆ、雪さんっ。お兄ちゃんが出てくるなんて聞いてないよっ」
「わ、私も知らなかったよっ」
「ちょっとこれは無様で使いたくなかったけど、真帆子ぉ、覚悟しろよっ」
有楽斎は四つん這いになるといつもは動いていない足用の二本が真帆子へと襲いかかる。それらを何とか避けてはいる。しかし、すぐさま有楽斎につかまってしまった。
有楽斎の目の前まで連れて行かれ、真帆子は弁明を開始した。
「おおお、お兄ちゃん、話し合いは世界を救うよ」
「……救わないねぇ、話し合いの余地は一切ないよ、真帆子ぉ」
氷で動きを制限している四人の近くに真帆子を下ろし、凍らせる。
「お、お兄ちゃん」
雪の部屋を開けると有楽斎は再び覆面レスラーへと変身する。そして、唖然としている雪、美奈代、花月、そして先ほど捉えた真帆子の方を振り返るのだった。