第148話:クレーム
第百四十八話
「下ろしてくださいっ」
美奈代が必死に暴れてはいるが両腕を使えず、宙に持ち上げられている状態では何もできない。
「次の部屋はどうだろ」
「独り言がでかいわよ」
「そうかな」
「そうよ」
うるさく騒いでいる美奈代とは対照的に六本腕の化け物の正体を知る理沙は冷静そのものだった。
「さ、榊先輩、私達これからどうなるんでしょうか」
「さぁね」
もういっそのこと顔を出すべきだろうと考え、覆面を盗ろうとしたところで理沙の足が頭を踏んづけた。
「やめときなさいよ。子子子子がショックのあまり自我崩壊しちゃったらどうするのよ」
「……わかったよ」
そんなこと怒るはずがないだろうに……と思いつつ、有楽斎は歩を進める。
「ん」
立ち止まって窓を開け、手を外に出す。何かに当たったところでそれを掴む。そのまま家の中に連れ込んだ。
「やれやれ、捕まってしまったわ」
三本目の腕に掴まれたのは御手洗花月。理沙、美奈代と同じで掴まれている為、絵を描くことは不可能に近いようだった。
「普通は隠れて描くものなんだけどねぇ、今回もそれにのっとってみたんだけど相手の勘がさえていたみたいね」
いつもと変わらぬ冷静な口調。絶体絶命のピンチだろうにすごいなぁと有楽斎は思っていたりする。
「御手洗先輩、どうにかならないんですか」
「それは無理ね。かなり手加減してもらっているみたいだし、変に暴れて気が代わったら大変よ。あっという間に握りつぶされるわ」
どうしようもない、お手上げ状態だと言わんばかりの態度である。二人が話しこんでいるうちに理沙は有楽斎の方に話しかけた。
「この二人、どうにかならないの」
「どうにかって……たとえばどんなことするの。動けない女の子相手に何かをするのは僕の趣味じゃ……いたっ」
足で思い切りけりつけてくる。その光景を見て美奈代、花月は理沙の方を見ていた。
「すごいわね」
「榊先輩、そのまま蹴りつけて何とかしてください」
理沙に頭をけられないような位置に腕を動かす。その間に次の部屋の扉を開けた。しかし、これまた同じ部屋だったのですぐに閉める。
「……何か探しているようね」
「何なんでしょうね」
「そろそろ雪先輩の部屋ですが」
「……」
その言葉を聞いて有楽斎の足は速く動き始める。
「美奈代ちゃん、どうやらこの生物は雪ちゃんの部屋を探していたみたいね」
「し、失敗でした」
おろおろしている美奈代を睨みつけながら理沙は有楽斎の方を見た。親指を立てて小声で『美奈代ちゃん、グッジョブ』と言っていたりする。
廊下の角を曲がったところで人が立っている事に気が付いた。
「雪ちゃんっ」
「雪先輩」
「……雪、か。やっぱり吉瀬の妹をアンカーに…」
一人ぶつぶつ喋っている捕らわれの身のお姫様もいる。白い着物に、真っ白な髪、そして冷たそうな蒼い瞳をしていた。
有楽斎は美奈代、花月を後方へと動かして理沙を隣に持ってくる。
「理沙、理沙、これ何の冗談。どう見ても雪女にしか見えないよっ」
「……そうよ」
「そうよって、え、雪さんって雪女だったんだ…」
そんな事を呟いた有楽斎の脇を氷塊が通って行く。
「早く三人を開放してっ。次は当てちゃうよ」
彼女の周りには氷柱が浮いており、有楽斎を狙っている。それらに理沙達が当たらないよう腕を後方に下げる。
捕縛用に三本、足用に二本と…使える腕はあと一本だけだった。腕を伸ばし、雪を捕まえようしても華麗に避けられる。腕の途中に四本ほど氷柱が刺さった挙句、腕を壁にぶつけたときそこで固められてしまった。
「さぁ、みんなを開放しないと今度は自分を守れないんじゃないかなぁ」
「くぅっ」
どんなに力を入れて引っ張ってみても腕は動かない。そのわきをゆっくりと歩きながら雪は有楽斎へと近づいてきている。
「すごいですっ、雪せんぱーいっ」
「あらら、意外とあっさり決着がついちゃったわね」
ぎりぎりに迫ったところで有楽斎は固まってしまった自分の腕を諦めて雪に向けて手をかざす。
素早く避けられてしまい、廊下の一部に氷の土台が出来上がった。
「もっててよかったサブウェポン」
冷気を纏った有楽斎の左腕は雪を指差した。雪の方も不敵に笑っているようだ。