第146話:世界を変えるスイッチ。
第百四十六話
吉瀬家の台所には世界を変えたいお年頃の皆様が喉から手を出すほど手に入れたいスイッチが鎮座していた。
「ううむ、当初の目的はこれで果たせたというわけじゃな」
「よかったじゃないですか。世界を元に戻すスイッチって別にいらないってことでしょ」
「感謝してよね、結構すり替えるの大変だったんだから」
有楽斎は始めてみるスイッチを人差し指で突いてみる。
「見かけは普通なんですね。理沙、これって本物だよね」
「当り前でしょ……って言いたいところだけどこれが本物だなんて押してみないとわからないわ」
「だよねぇ」
押したいなぁ…そういう表情を有楽斎がしたものだから素早く第三者の手が伸びてスイッチを掴んだ。
「押してはならんぞ」
「わかってますって…それで、理沙に渡していた世界を元に戻すとか言うスイッチはどうするんですか。というか、押したらどうなるんですか」
しばらく老人は黙って考え込んだ。頭の中で話をまとめたようで口を開く。
「何、世界を元に戻すんじゃよ。この世界を変えるスイッチを押す最初の世界にな」
「……それもまた今ある世界を変えるってことじゃないんですかね」
「そうかもしれんなぁ。今の世界が気に言っておるならそれもいいじゃろう。わしとしては戻るスイッチを押して、この世界を変えるスイッチを作った人物……つまり、わしに今起こっている事を説明して、作るのを誰かが止めさせてほしいんじゃが」
「元に戻すスイッチ押してもこの世界に戻って来られるんですかね」
「わからんわい……この世界自体を簡単に言うなら書き変えるってことじゃから難しいじゃろう」
スイッチをじっと見て有楽斎は首をかしげた。
「もし、元に戻すスイッチを押したとしたら記憶とかあるんですか」
「まぁ、何じゃ。そこらへんの話は実際にスイッチを手に入れてからにするとしよう。また元に戻すスイッチを作ってもいいが元からあるものを無視するのも影響があるからのぅ…仕方がないから野々村屋敷に忍び込むか」
服を一気に剥ぎ取るとそこには忍者が一人いた。
「やる気まんまんね」
「そうだねぇ…」
世界を変えるスイッチを老人は握って大事に懐へとしまう。
「あ、悪いがお前さんは先に行って準備をしておいてくれんか」
「準備ですか」
「そうじゃ、この筒にある導火線に五分後、火を付けて欲しいんじゃよ。あ、覗きこんだりしたら危ないからの」
「わかりました」
「これが最後じゃからな」
そういって有楽斎を送り出し、老人は理沙の方へと向き直った。
「お前さん、あの少年が二種類のどちらかのスイッチを押そうとしたら絶対に邪魔するじゃろ」
「……当然よ」
理沙はそう言って容器を冷蔵庫の中に入れる。
「もう一度会える保証、してくれないでしょ」
「そうじゃな、出来んわい」
「だったら私は絶対に押させないから」
「……そうかそうか、それはいいことじゃ。わしもスイッチを両方壊して何もなかった事にするつもりじゃった。まぁ、なんじゃ。わしもこれまで少年を色々とこきつかったからのぅ……悪いとは思っておる」
老人は一本指を立てた。
「何よ」
「あの少年……吉瀬有楽斎の今現在の体は残念ながらそう持たんよ」
「……は、何言ってるの」
「人としての身体は充分じゃが…もうひとつ、そうではないほうの身体は入れ物と中に詰まっておるものが違いすぎる。今は異変が起こっておらんようじゃが確実に言える事は一度目の大きな異変で……少年は大変な事になるじゃろう」
それだけ言うと老人は窓の方へと近づいて行く。
「お前さんが少年の事を大切に思っておるのはわしにもわかる。わかる……が、スイッチを押して変質させれば少年は助かるかもしれん」
「……可能性でしょ」
「そうじゃ。まぁ、お前さんの好きにするといい」
窓を飛び出したところで老人の姿は消える。花火の打ちあがる音がすぐ近くで聞こえてきた。
「好きに出来るわけないでしょ」
理沙はそう言うとちゃんと戸締りをしてから吉瀬家を後にしたのだった。