第135話:非科学的なあれの体
第百三十五話
有楽斎たちのクラスは彼の活躍によって文化祭の露店第一位を見事に獲得した。
まるで本物の幽霊のようだった、向こう側の美女が透けて見えた、飛んでいるように見えたなどなど……どういった技術を使用したのか誰にもわからない。有楽斎にもわからない。
結局、有楽斎の肉体はあれ以降事件を起こしまくったようだった。被害者は同級以上の女子相手で、人通りの少ない場所で襲われた。悲鳴が聞こえるたびに有楽斎は教室を飛び出し、現場に向かった……まぁ、一歩遅かったと言う割合が大きく、一番の被害者はグラマラスで有名な三年の先輩がスカートを半分脱がされた事だっただろうか。なんとかこの時だけは精神の方の有楽斎もしっかりと目に焼き付けていたようでおかげで理沙に蹴りを入れられている。
被害者女性全てが有楽斎の犯行によるものだと思っていたそうだ。ただ、その後に有楽斎が目の前に現れるので他人の空似と言う事で納得してくれた。
「おのれ、僕の肉体と言えど僕より先にあんなことやこんな事を力任せにしようとするとは……」
学校からの帰り道、有楽斎は珍しく燃えていた。
「そういえば、吉瀬の妹とか子子子子見かけなかった気がするんだけど」
「そうだねぇ」
「もしかしたらもう襲われているのかも…」
少し不安そうな雪に有楽斎は笑いかける。
「大丈夫だと思うよ。いくらスケベの塊だからって年下には関係ないだろうからね。事実、同級生以上の女子しか襲っていないからそこは安心していいと思うよ」
実に納得のいく説明だった。
一方、美奈代と真帆子は有楽斎の部屋にいたのだった。
「……ねぇ」
「何、真帆ちゃん」
「これから何が始まるの」
床に置かれていたのは真っ白な布。布には様々な文字が書かれているが、西洋の魔法陣と言うより凡字のようなものが大多数だった。
「あのね、真帆ちゃん。悪いけど……吉瀬先輩はもしかしたら私のせいでいなくなったかもしれないんだ」
「え」
「だからさ、本当にいなくなったかどうかこれで確かめるの。ちょっと現実とはかけ離れてるって思うかもしれないけど…わざわざ文化祭さぼってまでこんなことしてるんだから絶対に見つけないとね」
美奈代は左手の人差し指を天井へと向け、次に布の真ん中を指差した。見ているほうからみたら実に奇怪な出来事だ。ユニーバースと叫びそうにも見える。
「……それでこれからどうするの」
「一旦部屋の外に出るの。それでね、もう一度部屋の中に入れば……吉瀬先輩がいると思う」
自信なさそうに美奈代は笑う。本当にこんなもので大丈夫なのかと疑問を抱いてしまうも、真帆子は黙って従う事にしたのだった。
いまだブルーシートの掛けられた吉瀬家にたどりついた三人組は首をそろってかしげる。
「なんだか今、叫び声が聞こえなかったかな」
有楽斎は隣にいる雪と理沙を見る。
「……うーん、確かに聞こえたわね」
「真帆子ちゃんの声だったみたいだよ」
「吉瀬の雄たけびのような声も聞こえたような……」
そこで三人の頭の中には自分の妹を襲う有楽斎の肉体が想像できた。
「………ま、真帆子―っつ」
血相をかえて有楽斎がいの一番に走り始め、そのあとに理沙、雪と続く。玄関から入ると言ったまどろっこしい方法はとらず、ビニールシートを引きちぎって屋内に入る。
「何だこりゃ」
壊れたトイレを見て有楽斎はちょっとひるむ。その先には自室の壁が見えるのだが今では見るも無残に壊れており、ブルーシートが弱そうな壁の役割を果たしていた。
めくれたシートの向こう側にいたのは真帆子、そしてその先には触手のようにうねうねと動く腕があった。
「真帆子―っ」
「お、お兄ちゃんっ」
「よかった、無事か」
「助けてくださいっ、吉瀬先輩っ」
ブルーシートが一部破れ、腕に掴まれた美奈代の泣きそうな顔があった。
「み、美奈代ちゃんっ」
「吉瀬、あんた年下をああやっていじめるのが本当は好きなのね」
どこか落ち着き払って冷静に理沙は美奈代の事を眺めていた。
「いや、違うからっ。僕はあんなことしないよっ」
「……でも、すっごく嬉しそうに笑ってるよ」
なるほど、確かに肉体の有楽斎は楽しそうであった。
「まだ見ぬ趣味に目覚めちゃったのかな」
「馬鹿言ってないですぐさまあれを捕まえてきなさいっ。今なら美奈代が幸か不幸か囮役になってるからっ」
「有楽斎君、ファイトっ」
「え、あ、うん……大丈夫なのかな」
どう見ても自分じゃないようだ。肉体は四つん這いになって背中から六本の腕をはやして美奈代の泣き叫ぶ顔を笑いながら見ている。有楽斎が近づいていると言うのに気が付いていないようだ。それほど楽しいのだろう。
「えいっ」
まるで変態に触るかのように有楽斎は自分の肉体へと触れる。たったそれだけのことだったが、美奈代を掴んでいた腕は消えて半透明の有楽斎の姿も消えた。
「いたっ」
「ぐえっ」
両手両足を伸ばしてつぶれた有楽斎の背中には美奈代が尻もちをついている。実にあっさりと有楽斎は再び自分の体に戻る事が出来たのだった。