第134話:合計八本の腕
第百三十四話
再び射程圏内に肉体を捉えた有楽斎。しかし、喜ぶのもつかの間、肉体の先……立っていたのは花月だった。
「せんぱーいっ、御手洗せんぱーいっ」
「あら、吉瀬君」
腕を組んでいるので胸の大きさがよくわからない。ふと、両隣から何やら怖い視線を感じたのでとりあえず両手を振りながら叫ぶ。
「逃げてくださいっ」
「あら、二人いるわ」
有楽斎が二人いる事を不思議に思っているようだ。
「先輩、早く逃げてくださいよっ」
「大丈夫よ」
花月は逃げてくれなかった。そして、肉体の方が当然ながら花月を射程圏内に捉える。雪の時とは違って花月のところで立ち止まった。
ああ、この後御手洗先輩は……と、色々と想像してしまった有楽斎。ちょっとエッチな妄想が頭の中に広がるも、肉体は花月に対して深々と頭を下げたのだった。
「うん、今日のあいさつ御苦労」
なんで肉体の方がそんな事をしたのかわからなかった。しかし、捕まえるなら今がチャンスである。
「とりゃーっ」
未だに頭を下げている肉体に向かって飛びかかる。その後、あり得ないことが起こった。いきなり有楽斎の背中から六本の触手のようなものが飛び出たかと思うと窓を突き破って外の木へと逃げて行ったのである。
肉体に抱きつくつもりの有楽斎。そのまま先にいる花月に抱きついて胸元で叫んでしまった。
「な、なんじゃそりゃーっ」
「こら、吉瀬君。何人の胸の中で騒いでいるのよ」
慌ててはなれて窓の外を見る。肉体は何処かに行ってしまったようだった。
「何あれ、あんなの無しだよ……」
へたり込んでしまう有楽斎の事を心配そうに理沙が見ている。雪は有楽斎と同じように窓の外を見て呟くのだった。
「……六本の触手……」
「封印したって思っていたのだけれども……甘かったかしら」
雪、花月はぶつぶつと呟いており、理沙が少しまずそうだとため息をつく。
「……吉瀬、吉瀬」
「何」
「ちょっとこれから細工してあげるから…感謝しなさいよ」
「細工ってどうするの」
「いいから、あんたは黙ってなさい」
理沙は雪と花月の方へと向き直る。ひとつ咳をして注目を集めた。
「あのさ、簡単に話すと今肉体の方は正確に言うと吉瀬じゃないのよ」
「……え、どういうこと」
「雪には簡単にしか説明してないからわからないだろうけど、この前忍者が襲撃してきたときに結界の弱い部分に子子子子の技が当たっちゃったの。まぁ、技はそのまま吉瀬の家を崩壊させたわけ……それで、技は最終的に吉瀬にあたって消滅させたのよ」
「……消滅か。なるほど、だから吉瀬君の遺体も何も見つからなかったのね」
「そういうことね、でも、子子子子の技が不完全だったのか知らないけど有楽斎の精神の方は目を覚ました」
「……うーん、じゃあやっぱりあれは有楽斎君ってことだよねぇ」
まぁ、一応はね。そう理沙は頷いた。
「結果、消滅した吉瀬の肉体の方も目を覚まして本能で動いている状態なの。いつも雪の家を襲撃している奴みたいに六本の触手が出ているのは子子子子の記憶がもしかしたら反映されているのかもしれないわね。ともかく、今の肉体はスケベな事しか考えていない変態よ。気を付けて」
「そ、そうなんだ…僕、知らなかったよ」
ひそひそと理沙に話しかけると呆れたように理沙はため息をついた。
「だから、その場限りの嘘よ」
「そっか、助かったよ」
そんな有楽斎の方に花月の手が置かれる。
「あなたが雪ちゃんの家とどういった関係だか知らないけど、あの六本腕はこの前封印してあげたはずなのよ。あれは新しい個体ってことでしょうね」
ごまかすのは何とかうまく言ったようである。雪の方も『さっき有楽斎君はなんじゃそりゃーって言っていたもんなぁ。自分の身体ならわかってるはずだもんねぇ』とぶつくさ言っていた。
「とりあえずこっちの吉瀬が肉体の方に触れればそれで全部終わりよ」
「そうなんだ…意外と簡単なんだね」
そういった有楽斎に理沙の視線が突き刺さる。
「簡単、ねぇ……簡単なわけないでしょ。あんな化け物相手にしないといけないのよ」
「そ、そっか」
「今のあれは本能の塊……女子生徒に破廉恥行為を行う女の敵よっ」
確かに事実はそうだろう。しかし、他の二人はピンと来ていないようだった。
「私、何もされてないけどなぁ」
「私のところに来たら永遠お辞儀をしたまま……ということね。それも面白いかもしれないわ」
追いかけるべきか、どうするべきか悩んでいたところで放送が鳴り響く。
『今から文化祭を開始します』
文化祭を告げる放送でとりあえず事件が起こってから行動を移すと言う受け身の姿勢で現状に手を打つ四人であった。
一年生時、ヒロインは雪だったと思います。二年生時、世界を変えた雪も再び登場してヒロインになっているんだろうなと思っていました。ヒロインは今でも雪であると信じています。残り20話の中で二年生の話に決着付けて一時的に放置しておきたいと思います。