第133話:文化祭の陰で起きた事件
第百三十三話
どこからか取り出した眼鏡、白衣、そして学士帽を装着して理沙は有楽斎に言う。
「つまり、今の吉瀬は肉体と精神、本能と理性にわかれているって言う事。前にも子子子子のあれを喰らって似たような事があったから多分そうよ」
「……なるほど。前の時はどうなったのさ」
「本能って言うより胸の内にしまいこんで理性に抑え込まれているものが爆発した……って言ったほうがいいわね。前の事例じゃ恨みが重なって殺害しに向かっていたわ」
恐ろしい話である。
「じゃ、じゃあいつも僕を虐げられていた人に復讐しに行ったってこと……だよね」
そう言うと微妙な顔を理沙がした。普段から秘めたる野心が暴れると言うのは危ない事だろう。
「……あんたの場合は違うわね」
「え」
「……さっきも言ったでしょ。私の…む、胸を揉んで行ったからむらむらっていうか、スケベな心が爆発したって言う事なんでしょ」
「…………そんな、馬鹿な……」
「馬鹿なって、実際被害者である私が言うんだからまちがいないわよっ」
「理沙の胸を揉みたいだなんて僕は何を思っているんだ………」
そんな有楽斎の頬に平手が飛んでくる。
「いたっ」
「……とりあえず、あんたの知り合いの女性が全部危ないわよっ。あの方角からするにどうぜ学校だろうから急ぐわよっ」
いや、待ってよ、僕がそんなうわ、まさか……少々錯乱している有楽斎。しかし、悩んでいても被害は広まるばかりだ。
彼は自分の清き経歴を汚したくないという一心で理沙と一緒に走り始めるのであった。
「雪、御手洗、子子子子、あんたの妹に……他、誰か女の知り合いっているかしら」
「さ、さぁ。居ないんじゃないかなぁ」
「何よ……本当は居るんでしょ」
「い、居ないと思うけどなぁ」
そろそろ学校につく……そう思われた時、うら若き少女の悲鳴が有楽斎たちの耳に届いた。
「今の…」
「三組の佳恵ちゃんの声だっ」
言うが早いか、急いで有楽斎は現場へと向かう。校舎裏にてウェイトレス姿の生徒が尻もちをついていた。
「だ、大丈夫っ」
「う、有楽斎君……あ、あれ……今の……有楽斎君だと思ったんだけど」
「いや、変質者だよ。だって僕、今来たよ。きっとそいつは僕に似ているけど全然僕じゃない他の誰かだよっ」
必死の有楽斎をみて相手も信じているようだった。普段から嘘をつかない主義がよかったらしい。
「そうだよねぇ…あれぇ」
被害者は首をかしげている。どうも肉体の方が新たな犯罪に手を染めたらしい。
「で、何されたの」
「い、いきなり……その、胸を触られたんだけど……有楽斎君達が来たから逃げて行ったよ」
「どっち」
「あっち」
言われた方向へと有楽斎、そして理沙が走り出す。
「あいつ、誰よ」
「さ、さぁ、この前ノートを貸してくれた三組の人だよ」
理沙の視線が刺すような感じるも、今はそれどころではないだろう。新たな被害者を出さない為に有楽斎は走った。
「あ、いたっ」
曲がり角を曲がったところで自分の後ろ姿を見つける。そして、その先には野々村雪が歩いていた。
「雪―っ、逃げてーっ」
理沙が叫んだ事でどうやらこちらに気が付いたようだ。
「あ、雪と……え、う、有楽斎君…でも、二人っ」
「そっちの僕は僕じゃないんだよっ」
どう考えても肉体の方が雪の方へと近づくのが早い。揉まれてしまうのかと有楽斎が目を見開いたのだが、意外な事に肉体の方は雪の隣を素通りしただけだった。
「あれ……」
「何も……しなかったわね」
「う、うん」
雪と合流し、簡単に説明をする。
「……有楽斎君……エッチ」
「えっち、っていうか何って言うか……いや、違うから」
保健室の方へと向かったようで、有楽斎たちもそちらへと向かう。保健室の中から『あ、こ、こらっ、やめろっ』という声が聞こえてきた。
「あああ……先生が破廉恥高校生の餌食にっ」
「…有楽斎君、羨ましそうな顔になってるけど」
「え、そうかな」
「吉瀬のスケベ」
保健室の扉をスライドし、有楽斎は叫んだ。
「先生、今どんな状態で……ぐはっ」
「先生、怪我しませんでしたかっ」
理沙に突き飛ばされて、有楽斎は人体模型に抱きついた。理沙は白衣の乱れている保健室の先生に近寄る。
「あー、びっくりした。いきなりこんな事をされたのは初めてだ」
「そりゃそうでしょうね」
近づいてきた有楽斎を見て当然ながら驚いているようだった。
「お前、じゃないのか」
「え、えーっと、話せばいろいろあると言うか何と言うか、とりあえずあれは僕であって僕じゃないんです」
「そうか……」
何だか少し残念そうに見える……しかし、今はそれどころではない。教師にも手を出すところをみると何も考えていないようだ。
「ともかく、これ以上被害を出さないように頑張ってきます」
「馬鹿吉瀬、早く来なさいよっ」
吐き捨てるようにそう言って理沙は雪と共に走って行った。有楽斎も続こうと思ったのだが先生に引き留められる。
「吉瀬、その、続きは……」
「僕じゃないんですぅっ」
そういって有楽斎は理沙を追いかけるのであった。
「……全く、遊びがいのある子だな」
大人の笑みを見せて保健室の先生は胸元を正すのであった。




