第132話:復活の呪文
第百三十二話
寝ていると何かが胸の上に乗っかっているようで寝苦しい。徐々に意識が覚醒していき、胸の何かが衝撃によって吹き飛ばされたところで有楽斎は目を覚ました。
「ぷはーっ……ん、何これ」
有楽斎が目を覚ました場所は布団やベット、オランウータンが寝るような葉っぱを敷き詰めた寝床ではなかった。
土の中から顔を出したのである。蝉、カブトムシ、クワガタムシ……そんな虫を想像させるはいずり方だった。
「お前さん、生きとったのか」
「はぁ……」
日光が隣に立っている忍者姿の老人を照らしていた。
「えーと、何しているんですか」
有楽斎を見下ろしていた老人は何かに気が付いたようで球のようなものをすぐに地面にたたきつける。
「うわっ」
叩きつけられた球は煙を発生させ、その隙に老人は有楽斎を担いでその場を後にする。有楽斎としては自分が土から這い出してきてやっとのところで忍者のおじいさんに連れさらわれると言う何が何だかさっぱりわからない事が起こったのだ。亀の化け物にさらわれる桃のお姫様もこんなわけのわからないような連れ去られかたを毎回されているんだろうな、そんなくだらない事をふと思った。
それから数分後、有楽斎はようやく解放された。
「いきなりなにするんですか」
老人は有楽斎の言葉に応えず、興味深げに眺めていた。
「これは面白い研究対象じゃな」
「は」
「お前さん、透けとるぞい」
言われて自分の体を再確認する。なるほど、確かに青白く発光していて少し透けている。臓器は見えなかったが向こう側が透けて見えた。
「うわぁ……透けてますね」
「うん、透けとるな」
「あのー、ところで僕は一体なんで透けてるんでしょう」
目の前の老人に改造手術でも施されたのだろうか……それとも、透明薬でももらって飲んでしまったのだろうかと考えてみた。
「違うぞ。お前さんは四日前の野々村家襲撃のときにいわば流れ弾で消滅したようじゃ」
「消滅って……」
「わしを狙ってお譲ちゃんが仕掛けて来たんじゃが残念ながら隣の家……つまり、お前さんの家に直撃させたんじゃよ。家屋の一部を破壊しながら最終的にお前さんに当たってお前さんは消滅した……そういうことじゃ」
「だからと言ってはい、そうなんですかと納得できないんですけど」
「とにもかくにも、お前さんは今、行方不明扱いのようじゃな。しかし、野々村家の庭にある墓から出てくるとは案外お前さんは野々村家の人間だったのかもしれんのぅ」
老人が何を言っているのかよく理解できない。とりあえず家に帰った方がいいだろう。徐々に記憶が戻り始めていたのだが、最後に覚えている記憶は四日後に文化祭があると言う事だ。
「あの、今何時ですか」
「ん、ああ、八時前十分じゃな」
「僕、学校行ってきます。今日文化祭なんですよ……僕達のクラスはお化け屋敷やるんです。本当は鬼の役なんですけどこれじゃ幽霊の役なんですよっ」
慌てて走り始める有楽斎に老人は手を振るのであった。
「今のお前さんには鬼より幽霊の役が最適じゃよ……それと、ちゃんと道路を走るんじゃぞ」
余計なお世話だろう。彼は走っているつもりでも、他の人から見たらどう見ても宙に浮いているようにしか見えなかっただろう。幸い、彼を見たものは屋根の上にいた猫と野良犬ぐらいである。
もう少しで学校……と言うところで知り合いを見つけた。何故だか知らないがアスファルトに正座を崩したような形で座っていた。
「あ、理沙―っ」
そういって近づいたところ、理沙にいきなり胸倉を掴まれる。
「あんた、生きてたならすぐさま……まぁ、いいわっ……けど、いきなり胸を揉むことないじゃないっ」
顔を真っ赤にして、どこか息も荒いが……理沙は有楽斎を睨みつけている。
「いきなり背後から現れたかと思うと何よ、あんたっ」
「え、えーと、記憶にないって言うか、何それ」
「何それ、じゃないわよ………あんた……何それ」
有楽斎の姿を見て理沙の顔が驚いたような顔へと変わる。
「あんた……どうしたの、それ」
「どうしたのって……さぁ、僕が知りたいよ。何でも、おじ……目撃者の話によると美奈代ちゃんの秘技が炸裂して僕に直撃、それで死んだんじゃないかってさ」
「………もしかして……」
何か思い当たったようで有楽斎の胸倉から手を放した。
「あ、そういえば今日文化祭なんだよね。それなら急いで行かないと……」
「……それより大切な事があるわ」
両肩をがっしりと掴んで有楽斎の目を見る。
「大切な事……って何」
「あんた、このまま行くと性犯罪者になるわよっ。一緒に来なさいっ」
何が何なのかさっぱりわからなかった。ただ、今わかる事……それは有楽斎の重さがリンゴ三つ分くらいだと言う事だろう。




