第127話:返り討ち
第百二十七話
満月とは言い難い月が出ている。未だ熱を帯びた風が吹く辺り、夏は過ぎ去っていないのだろう。
「作戦とかありますか」
「お前さんがぶち壊したところにはブルーシートがかけられておる」
「そうですか」
「そこが一番危険というところかのぅ…いい加減強行突破してスイッチを探したほうがよさそうじゃがお前さんを信じるぞ」
「……いっそのこともう一つ作ったらどうですか」
「それはそれで面倒がおこるから却下じゃな」
月が雲に隠れたところで老人は布を口にかぶせた。くぐもった声で有楽斎に告げる。
「以前と同じくわしはあちらから陽動を担当するわい」
「わかりました」
有楽斎も老人から借りたプロレスの覆面を装着する。月明かりに照らされた忍者と、六本の剛腕をはやした覆面レスラー…異様な光景だった。
『今日は絶対に雪の家に行っちゃ駄目よ』
ふと、理沙の言葉が聞こえてくる。しかし、やっぱりやめますなんて老人には言えない。
「ダニエルさん、気を付けて」
「それはこっちのセリフじゃあ」
老人忍者と別れたあとすぐに縁側の扉を外して中に滑り込んだ。違和感を覚え、すぐさま辺りを見渡す。
「…あなたね」
「……」
声がしたほうへと視線を動かすとそこにいたのは信じたくないが……御手洗花月であった。
「言葉がわかるのならいったん止まりなさい」
いつもの調子で有楽斎は花月の言う事を聞いてしまう。
「お利口ね」
そりゃまぁ普段からあなたにこき使われていますから……とは口が裂けても言えなかった。
「ああ、先に言っておくけど別にあなたの侵入の邪魔をするつもりはないの。絵を描いて眉唾なテレビ番組に『新種のUMA』として送りつけるだけだから」
花月の手に握られている物……それは筆と紙であった。なるほど、確かに邪魔なんて出来ないだろう……有楽斎はそう思って何かを思い出した。
そう言えば、御手洗先輩の家に行って眉唾だなんだとかいいながら妖怪が髪に封印されたって言う巻物を見なかったっけ……。
既に花月は紙に描き始めているようだった。左、肩近くから生えている手に痛みが走る。確認するために頭を動かすと腕が一本消えていた。
「………これは……やヴぁいっ」
かつてないほどの戦慄を覚えて素早く外に出ようとするも、体重をかけた右、骨盤辺りから生えている手に激痛が走り、体勢を崩しそうになった。花月はにやりと笑いながら筆を進めている。
「くっ……」
懐から老人お手製の煙幕玉を取り出し、破裂させる。その間に何とか残った腕で脱出する事には成功するのだった。
学校の屋上まで何とか逃げ伸びた有楽斎……隣に降り立った老人がぎょっとしたような表情をしている。
「お前さん、今回も手酷くやられたんじゃな」
「…合計四本やられましたよ」
六本残っていた腕も残り二本、しかも一本は消えかけている。
「まさかお譲ちゃんが戻っておったのか」
「いえ、違う相手でした。絵に描くだけで相手を髪に封印するような美人絵描き師ですよ……僕、妖怪じゃないんですけどね」
「腕治るのか」
「どうでしょう……」
引きちぎられた前回はちゃんと治ったのだが、今回は紙に絵として封印されたのでわからなかった。正直、人生のなかで封印なんて言葉自体、『試験前だったのでゲームを封印した』『痛い思い出の品を封印した』といったものでしか使われないだろう。
「お前さん、女に弱いのぅ」
「……返す言葉もないです」
結局、有楽斎が何かを出来るわけでもないので解散する事となった。老人の方も自宅に運んでもらった氷の一室があるのでそちらの解凍に専念する事にするのだった。