第126話:襲撃前日
第百二十六話
運動会という大きな行事が終わって一日代休を挟んだ。火曜日から高校生たちは学校へと吸い込まれていく。
「おにーちゃんっ、今度は文化祭だってよ」
「そうだねぇ」
元気な真帆子に適当に相槌を打ちながら歩いていた有楽斎の耳に朝からうるさい声が飛び込んでくる。
「吉瀬―っ」
熱血百パーセントオーバー、アドレナリン全開の少女が有楽斎の目の前で綺麗に止まると胸倉をつかんだ。
「お、おはよう…り、理沙……朝から元気だねぇ」
昨日就寝時間が遅かった為か、いまいち目が覚めていない有楽斎。上下に揺さぶられている間にも夢の世界が近づいてきている。
「おはよー理沙……じゃないわよっ」
「お兄ちゃんに何するのっ」
「うっさい、後であんたにはこいつの隠し撮り写真をやるから黙ってなさい」
「え……」
真帆子はあっさり引き下がり、有楽斎は理沙によって引っ張られていった。
「さすが僕の妹だけあって物に釣られるね」
「そんなことはどうでもいいわよっ」
理沙に振り回されたり、ひきずられたりしたために夢の世界が逃げていった。そこでようやく有楽斎の頭が覚醒するのであった。
「それで朝からそんなに大慌てって事は何かあったんだね」
「何、雪の家を壊しちゃってるのよっ」
当然、犯人である有楽斎は狼狽していたりする。昨日自分でやっておいたのに既に忘れていたのだ。
「あ、あー……ま、まぁ、ちょっと色々とあったんだよ」
「色々とって……」
理沙の魔の手から何とか抜け出して襟元を正す。この人物に対して嘘をつきとおせる自信はなかったのでさわりだけ語っておくことにした。
「……僕もね、ちょっと手伝わないと正体をばらすぞって脅されてるのさ。だから言う事を聞かないと普通の高校生活送ってられないんだよ」
嘘ではないが、正しいとは言い切れない。実際、ダニエルに写真を撮られるより前にも鬱憤を晴らすためだけに野々村施設を襲撃しているのだ。
最初理沙は疑惑の視線を有楽斎に投げかけた。
「僕、嘘なんてついてないよ、えへ」
だが、真っ向からそう目で語る有楽斎を見て信用したようであった。
「……そう」
「そうそう。普通に高校生活を送るのがこんなに大変だって思わなかったよ」
「……あんたの秘密を知っているのは私だけなんだから困った事があったらいいなさいよ。ちょっとぐらいなら聞いてあげるから」
「ありがとう理沙」
「別にいいわよ……大体なんで雪の家に固執しているのよ」
世界を変えるスイッチがあるんだ……なんてアホらしい事は言えなかった。言っても信じてもらえないだろうし、一蹴されて終わるだろう。
「……それが僕にもよくわからないんだ」
「わからないって……」
「まぁ、僕は手足のようなものだからね。あ、そうだ…理沙は雪さんととっても仲良しだから今度手伝ってもらうかも」
「手伝うって何よ……」
「さぁ」
今は伏せておいた方がいいだろう。何せ凍っている謎の部屋は既に野々村家になく、老人の手中だ。
「吉瀬がどういった存在なのかまだよくわからないけど今日は絶対に雪の家に行っちゃ駄目よ」
「え」
「変人って言うか、襲撃されたからまたバイトを雇ったって言っていたから。私は子子子子がいないと意味が無いし、あの子はいないし、他も用事があるとかで……急遽雇ったみたいね」
「ふーん……まぁ、行かないと思うけどねぇ。そんなに怖い人が来るのかな」
「何でも紙に封印するとか馬鹿らしい話だったわ」
「へぇ」
最近そんな話をどこかで聞いた気がするなぁ。有楽斎がちゃんと考えていれば答えが出ていただろう、だが、すでに仕事は終わったと考えている彼は考える事を放棄した。
「ま、さっきも言った通り行かないよ。心配してくれてありがと」
「別にしてないわよ」
その日の放課後、部室へと行った有楽斎は『今日は解散』と書かれた紙を見つける。部長である花月が解散と言えば解散であり、美奈代もいない為に有楽斎はさっさと家に帰る事にしたのだった。
「少年」
「あ、ダニエルさん」
校門を出たところで白衣を着た怪しい老人を見つける。周りの生徒から怪しそうだなどという話が聞こえてきたところで慌てて老人の手を掴んで人通りの少ないところに連れていく。
「こんな人通りの少ないところに連れ込んでどうするつもりじゃ」
「いや、普通に美少女の心象を悪くしちゃうからです」
「面白くないやつじゃな」
「普通の日常を過ごしている高校生ですからね」
話を終わらせたい有楽斎は一つ咳をして首をかしげた。
「世界を変えるスイッチとやらがあの部屋の中で見つかったんですか」
「いいや、なかった。色々と面白い現象ではあったがのぅ」
「あの部屋にはなかったってことですか」
「そうじゃ。ちょいと危険を冒すかもしれんが今晩野々村屋敷に出向いてもらうぞ」
今晩は特に用事というものがない。
「わかりました」
断る用事もなかったので何処かに遊びに行く約束みたいに軽く返事をした……のだが、そこでおやっと考えた。
「どうかしたのか」
「えーっと…ああ、そういえば今夜は友達が行かないほうがいいって言っていた気がするんです」
「しかしまだお前さんが恐れているお譲ちゃんは帰ってきておらんのだろう」
「ええ」
とても大切な用事だそうで、襲撃されたと言う連絡は伝えられているようだが美奈代の姿を見かけないし、理沙の様子から見ても秘密裏に帰ってきていると言うわけでもないだろう。
「やばいと思ったらすぐ逃げるんじゃぞ」
「それなら侵入するなって話ですけどね」
「そうもいかんわい。何せ世界を変えるスイッチじゃからな」
本当はこの老人の戯言なんじゃないだろうかと考えた事もあった。しかしまぁ、戯言だけで道場が真っ二つに割れるよう改造するわけもない。
有楽斎は今晩のおかずを考えながら世界を変えるスイッチに思いをはせるのであった。