第125話:彼の策略
第百二十五話
草木も眠る丑三つ時。忍び装束の老人、そして背中に六本の腕をはやした有楽斎は眼下に広がる野々村家を眺めていた。
「……おじいさん、僕は今回、以前も言っていた凍っている部屋だけを狙って行きたいと思います」
「ほぉ、狙っていくとは言うがあの家の中に立ち入るだけで鬼が飛んでくるぞ」
有楽斎は一度も鬼を見た事が無い……が、常人のそれとは違う身のこなしである老人が言うのだから厄介な相手という事だろう。
「まぁ、立ち入るのならそうなるでしょうけど見ていてください」
「わかった、お前さんの考えを見させてもらおうかの」
老人は有楽斎の後ろに控える。野々村家を見下ろしてから有楽斎は指を鳴らした。別に指を鳴らさずとも背中の腕は動いて行く……まぁ、雰囲気である。たまにはかっこよくやってみたくなったのだ。
「いでよ、我に仕えし六本の魔物よっ」
「それは必要なのかのぅ」
「こっちのほうが雰囲気が出るかと…」
無駄話をしている間も腕は屋敷の中に入ることなく地面の中に突っ込んで行った。
「ところで何をする気じゃ」
「凍っている部屋とやらを直接下から押し出します」
「……なんじゃと」
野々村家の天井一部が膨らんできたかと思うとそこから部屋の一室、四角い氷のようなものが浮きあがってくる。壊れた家屋の中にその一室を見上げている霧生と雪の姿が見えた。
「お前さんすごいな」
「最初っからこうしておけば再チャレンジなんて格好悪いことしなくてよかったんですよ」
腕に気付いたらしいので有楽斎は巨大な氷の塊を空中に一旦投げた。満月まで飛んでいくかと思われたが、それは上空で一時停止する。その後は落下を始め、地上に落ちる前に六本の腕を使って見事にキャッチした。
ナイスキャッチをした時点で既に彼らは野々村家の近くにおらず、老人の家の近くまでやってきている。もちろん、追いかけてこられないように三時間は持続する煙幕、落とし穴、『押』と書かれた引くほうの扉を設置してきている。
「どこまでも伸びるのじゃな」
「それなりに伸びますよ。それでこの氷の塊どうしますか」
コーヒーにでも入れますかと尋ねると老人は笑っている。どうみても置き場所に困るどころじゃないだろう……何せ、一室分の氷なのだ。
「ほっほっほ、ぬかりはないぞ」
どこからか取り出したリモコンのようなものをぽちりと押した。人間なのかそれともそれ以外の化け物なのか定かではない有楽斎だとしても、近くの道場が真っ二つに割れるとは想像していなかった。
「その中に投げ入れておくれ」
「わかりました」
腕を動かして放り込む。誰かに見られている可能性もあるだろう。しかし、顔も隠しており、さらに一般人は有楽斎よりも先に腕の方に目が行く事だろう。どこから生えているのだろうかと好奇心を持っている人の場合はわからないが。
「これで僕の役目は終わりですね」
「どうじゃろうな。あの部屋の中にスイッチが無ければ意味が無いぞ……その時はまた頼むからのぅ」
「了解ですよ、じゃあ僕は帰ります」
腕を収納し、有楽斎は人通りの少ない道へと入って行く。老人の住居も何やら怪しいギミックがいっぱいのようだった
しかし、好奇心を持って近づいたら帰ってこられそうにない。
「それより壊しちゃった野々村家どうしようかなぁ」
追い詰められていた、というわけでもないのでもちろん罪悪感がある。それでけが人などが出ていたらさらに心が痛むだろう。
「………まぁ、正体ばれてないしこのままにしておいても……いいのかな」
これですべてが片付いたのならそれでいいだろうと自分に言い聞かせる。しかし、次の週の火曜日、有楽斎は壊れた野々村家に侵入しなくてはいけなくなるのであった。