第124話:勝負の時
第百二十四話
個人の思惑と他人の思惑が交錯する運動会当日。そんな策略張り巡らされた運動会なんてあるわけもなく、問題行動も見られないまま有楽斎たちの出番である二人三脚の順番となった。
有楽斎は気が付いたらアンカーになっており、アンカーのみに適用される特別ルールとして無駄に走る周が半周増えていたりする。
「さ、行くわよ」
「任せてくださいよ。今日の僕は一味違います」
「へぇ、それは頼もしいわね」
「はいっ」
彼の頑張りにはちゃんと理由がある。昨晩、吉瀬家を訪ねた老人は有楽斎と綿密な計画を立てていたのだ。二人三脚の綿密な計画ではなく、襲撃計画の方だったりする。
「……つまり、明日はお前さんの苦手な相手がいないと言うわけじゃな」
「ええ」
「なるほど……まぁ、あの襲撃以降常に見張りがおったからのう。よほど警戒されておったんじゃろうし、次で何とかしたいものじゃ」
「僕ももうこんな面倒な事は嫌ですからね。今回で終わりにしたいと思います」
「期待しておるぞ」
「ええ、ですから今回は本気で行かせてもらいますよ。一番怪しいって言っていた凍っている部屋だけを狙っていきます」
報酬はとても素晴らしいもの……だそうで、それが目的の有楽斎は気合十分なのである。「おっさきー、有楽斎っ」
友人の声で現実に引き戻された有楽斎は辺りを見渡す。あまり旗色は芳しくないようだ。
「厳しそうですね」
「暫定なんて興味ないわ。結果がすべてよ」
「おっしゃる通りです」
有楽斎たちの順番がとうとうやってくる。前走者は真帆子、美奈代ペア。普段からの仲良し二人組だけあってかしっかりとしたペースで一組抜いてくる。
「吉瀬先輩、お願いしますっ」
「行くわよ、吉瀬君っ」
「任せてください」
花月、有楽斎ペアは真帆子たちからバトンを受け取って走り始める。以前はたすきでやっていたそうだが受け取りの時にたすきで転んだと言う話があるそうだ。
有楽斎たちは残り三組のペアに徐々に迫りつつあった。中には同じ組の生徒達もいるが花月にとっては敵である。
「加速よ、加速っ。速さが足りないっ」
「は、はいっ」
あっという間に仲間を抜いて残り二組。先頭を走っていたペアがこけてそれを抜き去っていく。
「後は……」
「友人達だけか」
右から抜いてそのまま行けるかと思えたが相手もついてくる。隣の美少女が一体ぜんたい誰なのか非常に気になると思いつつも、それを相棒にしている友人には絶対に負けたくなかった。
「せ、先輩っ」
「全速前進っ、倒れるまで走り続けるわよっ」
残り数メートル。どちらかがこける様子も一切見せず、このまま同着かと思われた。
『今先頭のグループがゴールしましたっ』
事実、二組の速さは拮抗していて観客からも写真判定にするべきだっなどといった意見が多くなる。アナウンスを担当している放送部は写真判定に移行したようでしばしの間静寂が辺りを包みこんだ。
『胸の差で白組の勝利ですっ』
主に男から……称賛の拍手が送られてくる。有楽斎と花月は座り込んで荒く息をしていた。
「……珍しく頑張ったじゃない。いつもは無気力だったのに」
「たまには頑張らないといけませんからね……たまたまですよ」
「普段もこれくらいの気概を見せてくれればいいのに」
「御手洗先輩がやる気見せてないですからね」
「相変わらずの減らず口ね」
「いつもはとても素直ですよ」
花月は有楽斎よりも先に立ち上がる。
「手を貸してあげたほうがよさそうね」
「一人で立てます……もうちょっとここで休んでますよ」
「そう、私はあっちに行ってるわ」
そういって花月は有楽斎を残して去ろうとしたのだが足を止める。
「どうかしましたか」
「……吉瀬君、あなたが私の隣を歩きたくなったら……いや、違うわね。隣を走りたくなったらいいなさい。今度は付きあってあげるわ」
その言葉を残し、今度こそ歩いて行ってしまう。
「…先輩、勝負事は一度きりですよ。やり直すなんて格好悪い事出来るわけないじゃないですか」
有楽斎たちの奮闘も空しく、白組は紅組に僅差で負けてしまった。結果なんてどうでもよかった有楽斎は夜に備えてアリバイ作りをしておくことにしたのだった。