第121話:絵描き
第百二十一話
運動会の練習が始まり、競技の選手も次々に決まっていった。幸か不幸か、有楽斎は九割の競技選手が決定した時点でも選手として選ばれていない。
「運がいいんですかね」
「まぁ、人数が多いって言うのもあるわねぇ」
花月は有楽斎の言葉に少しだけ唸る。
「どうかしたんですか」
「選手登録されていない生徒は軒並み雑用に回されるから部活に集中したいとか何とか騙さないといけないわ」
「別に雑用でも構わないですけど…まだ全部の選手が決まったわけじゃないですからね」
「そうね」
「美奈代ちゃんは何か競技に出るのかな」
「吉瀬先輩、私は玉入れに出ますよ」
運動会練習期間だったとしても当然部活はある。何をするわけでもないがとりあえず集まって話をしていた……と、有楽斎は思っていた。
「じゃあ今日は写生しに行くわよ」
「しゃ、しゃせい……って……」
一人勘違いしている有楽斎を置いてけぼりにして花月は絵を描く為の道具を手に取る。
「さ、行くわよ美奈代ちゃん」
「あ、はいっ」
「待ってくださいよっ」
ぼけている場合ではないと有楽斎もそのあとに続く。
「それで写生って運動会のものなんですか」
「ええ、校長先生から頼まれたのよ」
「すごいですね」
学校近くのビルの屋上、三人はそこから校舎の方を見ていた。もちろん、許可なんて取っていない。外に取り付けられていた非常階段を使って屋上までやってきたのだ。
この時間帯は仕事をしているだろうからビル内部にいる人間が気づくはずが無い。
「暇な他の部活にも頼んでいるだろうから別にすごいことではないわ」
下書きを始める花月を見ながら有楽斎と美奈代も準備を始める。
「美奈代ちゃん、絵は上手な方かな」
「えーと、お料理とかなら得意なんですけど……吉瀬先輩はどうですか」
「……自信ないなぁ」
二人が気合を入れて描いたとしても見る人が見たらすごい絵になる……という事もないだろう。
校舎が夕焼けに照らされ始めるまで三人は写生を続けた。残念ながら有楽斎の絵は小学生レベルだった。
「あちゃー、駄目だねこれは」
「吉瀬先輩、見せてくださいよ」
「はは、ちょっと見せられないかな……美奈代ちゃんの見せてよ」
「だ、駄目ですっ」
美奈代は美奈代で校舎そっちのけで真剣な表情の有楽斎を描いていたりする。上手にかけており、自画自賛していたりする。
「御手洗先輩は描けましたか」
「ええ、ざっとこんなものかしらね」
「上手ですね」
見せられた絵は写真と見間違うほどの正確さだ。美奈代はしきりに感心していたのだった。
「意外と絵がうまいんですね」
「美奈代ちゃん、意外……という言葉はひどいわね」
「……すみません」
「でも何でこんなにうまいんですか」
こんなに上手なら写生部なり美術部なりに入れば輝けていたはずである。
「……祖父がこうやって絵を描くのが好きでね。まねていたらこうなったのよ」
「風景画がお好きだったんですね」
「……妖怪を書くのが好きだったのよ」
「よ、妖怪ですか…」
美奈代が隣にいる手前、詳しく突っ込みたくもなかったが気になって仕方がなかった。
「妖怪を書いてどうするんですか」
「封じるのよ。紙に墨できれいに書いてやればきれいさっぱり居なくなるっていっていたわね。初めて聞いた時はびっくりしたし、妖怪なんているはずが無いのにね」
「そ、そうですよねぇ」
鬼やら雪女が徘徊しているような場所にいた美奈代はどう思うのだろうかとちらりと見てみたが興味なさそうだった。この前だって木の化け物かそれに準ずるものを目撃しているのだ……居ないと言い切るのは無理だろう。
「……御手洗先輩、終わったのなら帰りましょうか。いつまでもここにいるのはまずいと思いますよ」
「そうね。吉瀬君、片付けて」
「はい」
手早く道具を片づけて肩に担ぐ。三人分の絵を持とうかとも思ったのだが美奈代に拒否されたので実質二人分だった。
気のせいかもしれないが、美奈代と花月の距離が開いているように見えた。
「先輩、絵に描いた妖怪ってどうなるんですか」
「あら、眉唾な話に興味がわいたのね」
「いや、まぁ、そんなところです」
以前自分を消滅させようとしていた少女は後ろの方で夕焼けを眺めていた。
「そうね、今度私の家に招待してあげるわ。そこでなれの果てを見せてあげる。美奈代ちゃんも今度私の家に来るかしら」
「……いえ、遠慮しておきます」
「そう、それは残念だわ」
それだけ言って二人とも黙りこむのであった。なんとなく居心地が悪くなってきたので有楽斎は黙って花月の隣を歩き続けた。




