第12話:昔話
第十二話
「んで、有楽斎君の事を盗らないでってどういうこと」
雪はずずーっと氷の入った麦茶を飲み干す。もちろん、招き入れた榊姉妹にもかなり冷たい麦茶を出したのだが一口だけ飲んだ後は放置しているようだ。
グラス一杯に氷を入れているし、今日は其処まで暑くないからあまり飲みたくもないのだろう。
「だから、金づるは私たちの友達なの。あんたみたいなのがいると構ってくれなくなるのよ」
「そうなるわ」
二人と一人。二対一で数では劣勢だったが負けていると雪は思わなかった。大体、何の勝負をしているんだと言うことになる。
「友達って………あなた達二人は有楽斎君の“元”許嫁でしょ」
許嫁って友達以上の存在なんじゃないだろうかと雪は思ったのだが、どうもこの目の前の二人にとってはこれまた別の意味を持っているのかもしれないと目を見て思うのだった。
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雪が榊姉妹に押しかけられていたころ、有楽斎は首をかしげていた。少しだけ汚れた部室で、当然他に部員などいない。ただ、これ以上部員が増えれば狭苦しいと感じることが多くなるだろう。決して部室はせまいというわけではないのだが、如何せん、物が多すぎる。
「あの、妖怪が怖いってどういうことですか」
「言葉そのものね。このまえねぇ、実はここらに妖怪が出たのよ」
花月は部室に置いてあったポットやらを使ってインスタントコーヒーを作り優雅に飲み始めた。
「妖怪って、そんなのいるわけないじゃないですか」
「そうね、私も見かけるまで信じていなかったわ」
ずーっとコーヒーをすすっている為か、実に信ぴょう性に欠ける言葉である。まぁ、この部長が口にすること自体、怪しいものなのだが。
「御手洗部長の見間違いですよ」
「どうかしらね。雪女に見えたわ。氷柱を作って飛ばす練習をしているみたいだったし」
「氷柱を作っていて飛ばしている練習って………何かと闘おうとでもしているんですか」
「さぁね、今度見つけて聞いてみるといいわ」
「はは、そりゃ無理でしょう」
「………そうかもね」
意味ありげに花月はそうつぶやいたのだが、有楽斎はまーた、この先輩は適当なことを言っているとためいきをついていたりする。
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「あの先輩は顔いいし、スタイルいいのに性格が変わっているから友達がいないんだろうなと思っていたんだけど自分から『友達要らない宣言』してくるとは思ってなかったよ」
自分で作った弁当を箸でつつきながら友人にそう言う。
「そりゃまぁ、どうでもいいやつと友人になりたくないって願望でもあるんじゃねぇのかよ。俺もよぉ、お前みたいなやつじゃなくてばっきゅっぼんの美女と毎日たわむれたいものだぜ」
購買に売っている安いパンを口にする友人に有楽斎はため息をつくのだった。
「そんな夢みたいなことを言ってさぁ」
「いやいや、お前だって美女と一緒に仲良く学校生活を送れたら嬉しいって思うだろ」
そう言われたので学校に行っていないと言っていた雪と一緒に学校生活を脳内で送ってみた。住んでいるところが同じなのだから、最初から学校に行くまでずっと話せるし、授業の話なんかも家で一緒にできる。わからないところを教えたり、教えてもらったりとそれはそれで楽しそうだった。
「ま、まぁ、悪くはないかもしれないけどさ」
「だろう、だからその先輩もそんな願望を持っているかもしれないぜ」
「でも、願望は所詮願望だよ」
「そうだよなぁ。現実なんて厳しいだけで、俺は美女を血眼で探している段階でお前は、というか、お前には既に嫁が二人もいるじゃあないか」
「それがまぁ、なんだろうね、解消ってことになっちゃって」
首をすくめると友人は顎に手をつけてしばし考えているようであった。
「で、許嫁とやらがいなくなってお前はどう思ってるの」
「どうって、あんまりこれまでと変わらないと思ってるよ」
「ふーん、まぁ、あれだな。俺が思っているような『二人の許嫁の間に挟まれて毎日がプチハーレム状態』っていうのが消えたというのならそれはそれでお前の事を恨んでいた奴も減ることだろう。有楽斎は知らないだろうがお前は狙われている口なんだぞ」
「え」
少しにやけた表情で有楽斎の頭にチョップを繰り出すと言うのだった。
「なんせ、あの双子はもてるからな。男のじぇらし~ってやつだ」
「恐ろしいね」
「ああ、お前も好きな奴が出来て、そいつが他の男と一緒にいたら感じるものだからしっかりと覚えておくようにな」
そんなものなのかねぇ~、ため息をついた後に榊姉妹の事を頭に思い浮かべるが小さい頃は素直でいい人たちだったんだけどなぁといった哀愁漂う言葉しか思いつかなかった。
「しっかし、そういえばあの二人はお前の事を『許嫁だっ』なんていっていたんだがそれなりにいい出会い方をしているんだろ。参考にしたいから教えてくれよ」
パンの袋を息で膨らませて思い切りたたく。響く音がするのかと思いきや、ただ空気が抜けるだけだった。
「ああ、ちょうどそんな感じだよ」
「は、どういうことだよ」
「だからさ、一見するとすごい音がすると思っていたら実はそうでもありませんでした、そんな感じかな」
「わからねぇ、説明頼む」
やれやれ、仕方がないなと有楽斎はため息をつきつつも空になった弁当箱をしまうのだった。
「で、二人いるけどどっちから聞きたいの」
「そうだな、じゃあまずは姉のほうから頼む」
「理沙、のほうだよね」
守銭奴の化身と呼んでもいい相手なのだが、出会ったころはそれはまぁ、素直ないい子だった、とは思っていない。
「あれは僕がまだ小学生の頃だった、ってはじまり方でいいよね」
「おう、それで十分だ」
有楽斎はいやいやながらも口を開くのだった。