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第110話:林間学校4

第百十話

 ふと、夜中に目が覚めると自分の足に何かが絡まっている気がした。有楽斎は寝ぼけ眼でそれを振り払おうとするが、力は強くて振り払う事が出来ない。

「んーっ」

 思い切り足を動かしても隣の布団で眠っている生徒を蹴っ飛ばしただけとなった。次の日の朝、文句を言われたが『友人が蹴っていた』といったら助かった。

「ん……何これ」

 結局は手を伸ばして掴んでいる何かをほどこうとする……それは植物の蔦のようなものに思えた。

「なんでつたが……」

 複雑に絡み合った蔦は廊下の方へと伸びており、徐々に有楽斎を引っ張り始めている。一般人が到底抗う事の出来ない力だが、目を覚ました有楽斎にとってそれはそうめんよりも細い糸にしか思えない。

 成人男性を軽く握りつぶすことが出来そうな剛腕はあっさりと蔦を引きちぎる。だが、ちぎった筈の蔦は素早く再生して追いすがってきている。面倒なので有楽斎は大人しく引きずられることにした。こう言ったものは大元から絶たないと意味が無いだろう。

 再び寝転がって引きずられるのを待っていたがあまり進んでいない。

「自分から歩いて行ったほうが速そうだなぁ……」

 ため息をついて立ちあがる。先生が廊下にいないかどうか確認すると蔦が廊下の隅の方に太くあり、本体が見えるわけでもなかった。

「これを追っかけて行けば分かるかな」

 蔦を再び引きちぎってたどって行く。途中、生徒や先生、従業員に会う事もなく中庭へとたどり着いた。

 中庭にあったものは黄昏時に見た広葉樹。木についての知識が無い為にこの木が何と言う名前なのかわからない。

 ただ、どんな図鑑や書物にもこの木の事は書かれていないだろう。葉はまるで血を吸ったかのように深紅で、あり得ないことに人のような形の果実が各枝に実っているのだ。

「悪趣味な木だなぁ」

「そう思われますか」

 独り言のつもりだったが誰かがいたらしい。有楽斎の問いに答えたのは木の影にいて気づくのが遅れた一人の女性のものだった。

「素晴らしい木だと思うのです」

 女性は黒い朝顔の浴衣を着ていた。色白というよりも青白く、片目は長い髪のせいで隠れてしまっている。

 ただまぁ、ものすごく美人だった………理沙に似ているのだが、髪の毛は長くないし、あんなに肌も白くない。

きっと別人なんだろう……そういう前提で有楽斎は話を続けることにした。なんで怪談ものには基本的に美人が出てくるんだろうかと思わないでもない。

「なんでそう思うんですか」

「この木は見えるものを喰らおうとするのです。喰らう……というよりも餌が自分から飛び込んでくるんですよ」

 女性はいつの間に捕まえたのか知らないがネズミを手にしていた。それを木の方に投げるとあろうことか木が縦に裂けてネズミを閉じ込めたのだ。

「……捕らわれた獲物はああやって果実に成るんですよ」

 ネズミは木の枝に実っていた。誰もそれを取ろうとは考えないだろう。

「なんでここにこんなものがあるんですか」

「それはわかりません。私も気が付けば此処にいましたから…」

「そうですか。じゃあ僕は眠いので失礼します。もう中庭には近づかないようにしますよ」

 有楽斎はくるりと回って歩きだした。そんな彼の背中に声が追いかけてくる。

「あなたが近づかないようにしても此処を去る前にもう一度来る羽目になりますよ」

「そうですか。その時は収穫の時ですかねぇ」

 何となく後ろを振り返ってみるが、既に木なんてない。さっさと部屋に戻って寝なおしたほうがよさそうと有楽斎はあくびをかます。

「ふあぁ……今度あの女性を口説いてみようかなぁ……」

 そう思って彼はその場を後にした。



 その日、有楽斎が見た夢はそこそこの女性と結婚して子供をもうけてつつましやかな生活を送りながらも幸せをかみしめると言うとても素晴らしい夢であった。



「それで、お嫁さんと三人目を頑張ろうかなぁってところで目を覚ましたんだ」

「ふーん……って別に面白くもなんともない夢だな」

「まぁね。夢だし」

 歯を磨きながらどうでもいい夢の話をしていると真帆子や何やら顔の赤い美奈代を見つける。

「お兄ちゃん達おっはよーっ」

「おはよう。ちゃんと起きれたようだね」

「もちろんだよっ」

「き、吉瀬先輩っ……お、おはようございますっ」

「あ、うん。おはよう……顔が赤いけどどうかしたのかな」

「え、あ、あのーっ……ちょっといいですか」

 美奈代に引っ張られたので有楽斎は素直について行く。もちろん、真帆子もついてこようとしたが先生に呼ばれた為に残念な表情を浮かべるだけにとどまった。

「朝起きたら……真帆ちゃんが私のお布団の中にいたんですっ」

「はぁ……なるほど」

 中学の時に寝ぼけて他人の布団に入り込んだ記憶がよみがえる。目を覚ましたら野郎の面が目の前にあって朝から気分が悪くなった。

「そ、そして…そして……その、むむむ、胸に顔をこすりつけてきて……こ、こんな事毎日吉瀬先輩に真帆ちゃんはしているんですかっ」

「え、いや……毎日じゃないよ」

「よかった……まいに……え、たまにするんですか」

「えー……うん。たまーにするかなぁ」

 そういった瞬間、有楽斎の顔にこれでもかと顔を近づけられる。

「そんなの駄目ですよっ。だって兄妹じゃないですかっ」

「まぁ、そうだけど兄妹だからさ」

「絶対に駄目ですよっ」

「え、そ、そうかな」

「そうですっ」

 顔を真っ赤にしてそう叫ぶものだから朝から周りの視線が痛い。

「わかったよ。今度からしないように真帆子に言っておくからね」

「お願いします」

 何か嫌な事でもあったのだろうかと尋ねようとしたが、誰かが有楽斎の肩を叩いた。

「吉瀬、ちょっと来なさい」

「えー」

 後ろにいたのは理沙だ。やたら出てくるなぁと思いつつも有楽斎は理沙について行くのであった。


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