第11話:雪の邂逅
第十一話
有楽斎が学校へと続くゆるやかな坂道を歩いていると背中を軽く叩かれる。振り返るとそこには花月がいたのだった。
月曜の朝、日常となりつつ光景のひとつでもある。
「あ、御手洗先輩」
「おはよう、野々村君」
「おはようございます」
周りの生徒たちが有楽斎たちを見てからひそひそと話を始めていた。そんな周りの生徒たちを見て有楽斎はため息をつく。
「何、なんでため息をついているの」
「え、いやぁ~、ほら、先輩って有名じゃないですか」
ひそひそと話していた生徒たちは有楽斎と目を合わせないように、花月に近づかないようにして散っていく。
「そうかしら。どちらかというと有名かもしれないけど」
「いや、普通に有名ですよ。御手洗先輩の事を知らない生徒はいないはずですから」
入学式、御手洗花月は壇上に上がって文句を言った後に『まぁまぁ、かわいそうに。こんな学校に来るぐらいだったらもうちょっと上を狙えばよかったって三年のうちに一回ぐらいは思うわよ、絶対に。適当に青春を楽しみたいのなら他の高校行けばよかったと私は思っているわ』と、かなり面倒なことを言っていたので先生たちに取り押さえられてもなお、演説を繰り返ししていたのである。
入学式当日に休んだ新入生がいなかったので全員が知っているはずなのである。もてそうな外見をしているので結構男子生徒の中では可愛い先輩となっているのだが女子生徒からは変人としかみられていない。まぁ、男子生徒のほとんどが変人だろうとは認識しているようだが『可愛いから大丈夫』と考えているバカも多い。
「そう、私のことは野々村君が知っていればそれでいいわ。知り合いとか、友達なんて多くいても相手出来ないし疲れるだけから」
どうでもよさそうに呟いた後は歩き出す。それに並ぶようにして有楽斎も歩を進める。
「でも、御手洗先輩なら器用にできそうですけどねぇ、面倒なんですか」
「そうよ。日替わりで遊ぶのだってこっちがストレス感じるわ」
変わった思考の人だと思いつつも有楽斎は否定をしない。わからないでもない理屈だし、いちいち反対していたらまたあとで愚痴を永遠聞かなければいけないかもしれないからだ。それは実に面倒であるし、これから意味もない朝練に続くとなると愚痴を聞く以上に面倒だからである。
「そういえば、野々村君の嫁を気取っている二人組を昨日見たけど」
「昨日ですか」
「ええ、双眼鏡で野々村君たちを見ていたようだわ」
「え」
有楽斎は誰かに見られていたことを思い出した。なるほど、これで合点が行ったとばかりに手をたたく。
「かまってもらえなくて寂しかったのかもね」
「はは、それはないですよ。僕の事を『金づる』とか『ステータス』なんて言っちゃうような姉妹ですから」
「そうね、あんな二人が許嫁ならまだ私のほうがふさわしいわ」
「そ、そうですかね」
花月がもしも自分の彼女だったらどうなっているだろうかと想像しようとして、有楽斎は想像をやめた。今の状態とたいして変わりがないだろうからだ。だらけたオーラを出しながらうだうだ文句を言って一日を過ごす、そんな彼女であろう。
「私には新聞部部長という肩書があるからまだ野々村君の許嫁になるのは無理ね」
「よく意味がわからないんですけど」
「わからないのなら仕方がないわ。私、いちいち説明するの嫌いなのよ」
いまいち理解が出来なかったのでこれ以上話を聞くことやめておいた。
「先輩として忠告しておくわ」
「え」
あの先輩とつるむのはやめたほうがいいぞと様々な人物たちから言われてきたのだがそんな相手から忠告をされるとは思いもしなかった。
「あの子たちは野々村君が思うほど駄目人間じゃないし、強い人間でもないわ」
先輩もちょっと駄目な先輩だと思います、そんな言葉が出るわけでもなく、首をかしげながら有楽斎はため息をつくのだった。
「そうですかねぇ」
「きっと今頃、霜村雪とやらに文句を言いに行っているに違いない」
「は、なんでですか」
「そりゃまぁ、面と向かって野々村君に遊ぼうとか言えない臆病者だからよ………先生、邪魔」
前を歩いていた中年の数学教師を脇にどかして、校門へと有楽斎を引きずっていった。
「先輩には怖いものがないのを改めて実感しました」
「怖いものはあるわよ」
「なんだか嘘っぽく聞こえるんですけど」
「そうねぇ、私の怖いものは………」
青空を眩しそうに見上げながら花月は独り言のようにつぶやいた。
「妖怪かしらね。そう、雪女とか」
――――――――
「ちょっと、いるのはわかってるのよっ、開けなさいよっ」
有楽斎の事を金づるとか言っていた双子の一人が野々村家の玄関で騒ぎたてている。その隣には静かにもう一人が佇んでいた。
そんな時、中から音がしてすりガラスに人影が映った。鍵が開けられてゆっくりと引き戸がスライドしていく。
「何か用ですか」
眠たそうに眼をこすりながら出てきたのは当然、野々村家に居候している霜村雪であった。来ているTシャツは有楽斎のものなので少しだけサイズが大きいため肩が露出している。
「ちょっと、それ金づるのでしょ」
「金づるぅ……ああ、有楽斎君のことか……悪いけど、有楽斎君は今学校だから。というか、あなたたち二人とも有楽斎君と同じ学校の生徒だよね。早く学校に行かないと遅刻しちゃうよ」
じゃあね、私は忙しいから。そういって引っ込もうとした雪の手を黙っていた里香がつかむ。
「………私たちね、あなたみたいな後から出てきた人にうらちゃんを盗られたくないの」
「盗られたくないって、そんなこと私に関係ないし、第一に私と有楽斎君はそんな仲じゃないから」
すっと手を抜いてから引き戸を閉めようとしたが、足を入れて閉められないようにしていた。
「いるなぁ、こんな押しかけセールスマンが」
ため息一つ、こうなったら力を使って押し出してやろうかと考える。この前、久しぶりにこっちで力を解放させたので調子がいい。しかし、いざ使おうと思って相手の顔を見たらなんと、押しかけてきた二人組の瞳はうるんでいたのである。
「私たちの友達、盗らないでよ」
「はぁ、友達って………有楽斎君のことだよね」
黙ってうなずく二人を見て雪は頬を掻いた。とりあえず、面倒だから中に入れて対処しよう、それに限るなと雪は二人を招き入れたのだった。