第104話:ブリーフィング
第百四話
一学期期末テスト最終日。夏休み前の大きな壁のようであったが有楽斎は難なく乗り切って自宅へと帰宅していた。
放課後、亜空間から出てきた謎の美少女と出会ったり、高高度効果低高度開傘でいきなり有楽斎の前にやってきたりする人はいない。
一応、彼に用事がある人間はいるので美少女でもなんでもないが話しかけてくる人がいた。
「今いいかのう」
「……おじいさん」
野々村家の曲がり角で最近ちょくちょく出しゃばってきた老人に声をかけられる。
「何ですか」
「今日の晩に襲撃してもらいたいんじゃが」
よくもまぁ、こんなところで物騒な事が言えるものだなぁとため息をついて有楽斎は自分の家の方を指差した。
「家、隣なので寄って行きませんか」
「おうおう、それはありがたい事じゃな」
有楽斎と老人は野々村家の端から端までを五分程度かけて吉瀬家へとやってくる。
「なんじゃ、まるで犬小屋みたいな大きさじゃな」
「世間一般的な大きさだと思いますよ。隣が大きいからそう見えるだけです」
「冗談じゃよ。あまり広い家に住んでいると少人数の時は寂しいからのぅ」
老人の冗談ほど性質の悪いものはないなとため息をついて鍵を使って玄関を開ける。
「さ、どうぞ」
「邪魔するぞい」
応接間へと老人を通して麦茶を出したが何かを訴えるような視線である。
「茶菓子も欲しいのぅ」
「……わかりました」
「悪いのぅ」
「気にしないで下さい」
茶菓子を一口、お茶も一気飲みをしてから老人は口を開く。
「早速じゃが仕事の話をさせてもらおうかの」
取り出されたのは一枚の紙で、どうやら間取り図のようであった。
「野々村大屋敷の間取り図じゃ。地下室もあるようじゃがそっちは手に入らなかったわい」
「あの家って地下もあるんですか」
どうやら古い家のようだったが、もしかしたら武家屋敷だったのかもしれない。地下迷宮が広がっているとか、市役所につながる脱出経路が存在していると考えると実に浪漫あふれる家である。
「そうじゃな……まぁ、ともかく今回は一階部分を探してきてほしいんじゃ」
そういってとある部屋を指差す。
「何ですか」
いたって普通の部屋のようだった。他の部屋との違いは少しだけ大きいと言ったところだろうか。
「もちろん、一度わしも入ってみた。じゃがのう、ここの部屋だけは無理じゃった」
指で軽く部屋を叩いていたが、やはり何度見ても普通の部屋である。
「何か仕掛けでもあるんですか」
「そうじゃないとは思うが…」
老人は唸るようにして手で顎を撫でる。
「……部屋の扉が凍っておったんじゃ。溶けることが無く、挙句の果てに壊すこともできなかった。これを壊すためにいろいろとやっておったら鬼に見つかって追いかけられる羽目になったわい…」
「鬼ですか」
こくりと頷いてしかめっ面になった老人を見ながら再び間取りを見る。どんでん返しがあるわけでもなく、かといって宝物庫という事でもなさそうだ。
「あの家はどこかおかしいからのぅ。庭の端には何かの墓まで作られていたし死体がうもっておるかもなぁ……案外化け物屋敷かもしれん」
実に面白そうに笑っている老人を見て有楽斎はげんなりしたのだった。化け物といえど、幽霊とか不可思議な現象には強いと言うわけではないのだ。
「勘弁してくださいよ」
「冗談じゃよ。お主が入るときはわしも続くから安心せい……何でも、わしの侵入のせいで警備のバイトを雇ったらしいので気を付けたほうがいいぞい」
じゃああなたが侵入しなければ楽に入れたってことじゃないんですかねぇと有楽斎は言ったのだが老人はため息をついていた。
「最近耳が遠くなったようじゃ」
「都合の悪いことは聞こえないんですね」
「スイッチを手に入れたら報酬はちゃんと払うから安心せい」
スイッチの話が出てきたので有楽斎は未だに信じられないと言った顔で老人に結果を報告する。
「……スイッチの事なんですけどその野々村家の娘さんに聞いたらないって言ってましたけど……」
「……お前さん、あほか」
「え、なんでですか」
「そんな世界を変えるほどのスイッチを持っていると言うわけないじゃろう。盗られたらどうするんじゃ」
「まぁ、それはそうですけど……」
実際にあるかどうかなんて誰も信じないだろう。それが本物と証明するには実際に押してみるしかわからないのだ。そして、押したらどんなふうに世界が変わってしまうのかわからない。
「ともかく一般人が持つには危険すぎるものじゃ。安全装置も付いておらんからちょっとでも押したらアウトじゃよ。瞬き一回のうちに世界は変わってしまう」
「……変わるとどうなるんですかね」
「そこまでわからんのう。死んだはずの者が普通に生きて生活していたり、誰かが消えていたり……どうなるかは想像がつかん。ちょっとした影響を世界に与えるだけじゃからな」
「押してみればわかりますかね」
「押さないように回収してもらいたいんじゃよ」
そこにスイッチがあれば押してみたくなるのだが人情というものだろう……だが、老人は人選を誤ってしまったかもしれないと考えていた。
「ともかく、今晩に侵入するぞ。わしが囮役をするからお前さんは氷の扉を破壊して中に入ってくれ。そこになかったら一階部分を再度調べ上げてきてほしい」
「わかりました」
「見つかったとしても絶対に押してはならんぞ」
「わかってますって」
乗りかかった船だからしょうがないと有楽斎は立ち上がる。
「お前さんの事も細部までじっくり調べあげたいんじゃがのう」
「その時は老人だろうと手加減せず抵抗しますから安心してください」
有楽斎の背中からは六本の腕が出てきてうねうねと動くのであった。




