第101話:隣の教室
第百一話
廊下で何者かに遭遇するわけでもないし、教室に入った瞬間に頭上から黒板消しが落ちてくると言ったこともなく無事に理沙の教室に入った有楽斎…しかし、彼が入った瞬間に教室は静まり返ったのだった。
「え……」
好奇の目で有楽斎の事をみんなが見ていた。
それが何故なのかさっぱりわからない。
「うほっ、いい男」
「いやーん、かっこよすぎて目がくらむわっ」
「女子の憧れの的よねぇ」
そんなものだったら有楽斎も泣いて喜んでいただろうが……誰一人そういった視線ではなく別の意味で興味しんしんと言った感じなのだ。
「にひっひっひー、あたしの勝ちね」
まるで友人を女にしたような人物がにやけてこちらを見ている。
その友人に似た女子生徒の隣には有楽斎の事を睨みつけている理沙が座っていたのだった。
「あんたねぇ…」
「え、あー……あ、あのさ、勉強教えてほしいんだけど……」
「なんで私があんたに勉強教えてあげないといけないのよ」
「雪さんが榊さんに教えてもらうといいって………言っていたからさ」
何やら周りの生徒たちが聞き耳を立てているようだった。中には教科書をメガホンにして耳に当てている生徒もいる。
「あのねぇ、わからないところがあれば先生に聞きに行けばいいでしょ」
「いやまぁ、そうなんだけどね。隣のクラスだったから来たんだよ。忙しかったら先生のところに行こうかと思ってさ」
「あんたとは別に友達でも何でもないし、普段から話しているわけでもないでしょっ」
「へー、そうなんだぁ」
話に割り込んできたのは先ほどの友人によく似た女子生徒である。有楽斎の視線に気が付いたのかにこっと笑って手を差し出してくる。
「あ、自己紹介が遅れたけどあたしは源友子っていうんだ」
その手を握ると上下に元気よくシェイクされる。
「は、はぁ……えーと、源って……」
「双子の姉ってところかな。でもタイミングよかったよ。理沙もちょうど暇だったからさ」
「ちょ、ちょっと友子っ」
「暇だって言ってたじゃないの。それに『噂の吉瀬君がやってくる』って賭けまでしていたしねぇ」
「くっ……」
よくわからないがどうやら理沙が追い詰められているようである。
「うーん、なんだか忙しそうだから先生のところに行くよ」
「ほらほら、早くひきとめないと行っちゃうわよ」
「……いいわよ、教えてあげるわよ」
「え」
きょとんとした表情をした有楽斎の手をしっかりとつかむ。
「でも、ここじゃ邪魔が多いから図書館に行くわよっ」
「おおーっ」
周りの生徒達も驚いているようだった。騒いだ連中ににらみを利かせて静かにさせ、有楽斎を引きずって行く。
「頑張ってきなよーっ」
手を振る友子に応えて有楽斎は首をかしげる。
「何をがんばればいいんだろ」
「勉強に決まっているでしょっ」
吐き捨てるようにそう言われてなるほどと一人理解するのであった。
やはり期末テストが近い為か、図書館には人が多かった。静かに勉強するもの、いちゃいちゃするもの、『我と契約せし悪魔よ…絶対的な知恵を与えたまへ』といった人たちがいた。
「ったく……さっさと終わらせるわよ」
「うん」
出口に一番近い席に陣取って有楽斎のノートをひったくる。
「で、どれがわからないのよ」
「えーと、此処かな」
「………基本を活用して解くところでしょう。ちょっとした応用問題ばかり出てきたら赤点確実になるわよ」
「………え」
教科書をめくって理沙は指差す。
「これとここ……二つを作ってこの問題を解けばいいのよ」
「でも…使ったと思ったんだけど答えが合わないんだよ」
「……貸してみなさいよ。ああ、計算間違えしているわね。吉瀬、あんたねぇ……問題は全部時終わったら見直すのが当然でしょ」
「……ごめん」
「別に私の事じゃないからどうだっていいわ。それで他に何かわからないこととかないのね」
そう言われて頷く。他にわからないところは思い当たらないし、比較的難しい問題だったのでこれが出来れば大丈夫だろう。
「他の教科は大丈夫だから安心してよ」
「あんたの他の教科なんてどうでもいいわよ。そういえば、前々から有楽斎に聞きたいことがあったんだけどさ」
「え、何」
ノート、教科書を重ねておいておく。
「この前私の代わりに本を片づけたでしょう」
「え、ああ……そうだったね。それがどうかしたのかな」
「どうやってあんなに短時間で片付けられるのよ」
「………気合かな」
「ふーん……そう」
信じていない口ぶりだった。実際、気合でどうにかなる量ではないのは有楽斎だってわかっているし、気合でどうにかしたわけではない。
「じゃあそうね……今度のテスト……総合点数で負けたら私の部屋を片付けてもらおうかしら」
「え、嫌だよ」
「問題教えてやったんだからいいじゃない」
「はいはい、わかりました……じゃあ僕が買ったらどうするのさ」
「万に一つそういった事があったら……そうねぇ、私がデートしてあげるわ」
「別にしてもらわなくていいから……あ、じゃあ僕が買ったら何か甘いものでも買ってもらう事にするよ」
「あんたがそれでいいならいいわ。ま、覚悟しておくことね」
うまく話をそらすことが出来たのか……それとも、出来なかったのかわからなかったが有楽斎は内心ひやひやしていたのだった。
三日前、祖母にもらったフランスパンっぽいパンを食べていました。あー、何だかパンにしてはしょっぱいなぁと思いつつ消費期限の載っているところを何気なく見たところ……緑の斑点が見えました。光に当ててよくよく見てみるとパン全体にカビが葺いていたのです。いつの間にかパンはカビの巣窟になっており、それを知らずに三日前から食べていたということになるのです。一日目にも白い粉のようなものが付着していたので小麦粉か何かと思っていたのですがどうも渡された時点で消費期限が過ぎており、白カビが発生していたようです。昨日、腹痛がいきなり起こったのですがなるほど、このパンが原因だったというわけですね。何かの小説だったか、映像作品だったかは忘れてしまいましたが人間の体全身にカビのような生命体が寄生してやられてしまうというものを思い出して『ああ、自分も誰かの記憶に凝るような作品を作りたいものだなぁ』……なんてお思うわけでもなく、トイレに直行しました。笑い話のネタになりそうな話です。