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第1話:五月の雪

読む前の注意:この小説は人によっては全身にかぶれ、発疹、鳥肌を引き起こす要素が含まれている可能性があります。そのような状態になった場合は速やかに画面を閉じて換気をした後に目を閉じ、『大丈夫、大丈夫、僕は出来る子だ』と三回唱えてください。尚、この小説を読んで何か感じた場合はすぐに感想に書くと貴方の生の感情が作者に伝わると思われます。多少の誤字脱字が含まれていると思われますが、読者の方が心配している世界を変えるほどの影響力はありませんので安心して一読してください。

第一話

「困ったな」

 彼は困っていた。朝の通学時間だ。お腹が急に痛くなったとかそういった類ではない。もちろん、腹痛が通学時に起こったらそれなりに大変なことではある。まるでライオンと見間違うチワワに会ったのか、それとも伝説の不良に因縁を付けられたのか………これもまた違う。

正直、通学途中に困ったことをあげればキリなどないだろう。

彼の名前は野々村有楽斎。彼は小学生のころに『斎』の部分をよく間違えていた。まぁ、察しの通り、こういった『うらくさい』という名前だと小さな子供はからかうもので『くさい』と呼ばれていた時代もあった。

最後に言われたのは中学生の入学式のときだったか……まぁ、高校生になってまだ一カ月程度しか経っていないためにこれから言われることが無いと言うのも無責任だろう。

 少々、彼の変わった名前に話がそれてしまったようだ。本題は彼の名前ではなく、有楽斎が出会った困った事である。

「うーん」

 彼の目の前にはごみ箱から足が二本生えている謎の生命体がいた。有楽斎はバカではない為、『うわぁ、このごみ箱はミミックだったのかぁ』そんな事を言うわけでもない。

 見捨てるのもどうかと思えるほど衝撃的出来事だ。

「よいしょっと」

ゴミ箱から足だけ伸ばしている人物の腰を持ってゆっくり引き抜く。そして朝っぱらから緑色のダストボックスに頭を突っ込んでいる人物の顔を拝むことにした。

「うう…………」

 頭の上にバナナの皮が載っている。今日がゴミ収集の日だったならばさらなる混乱をこの町に与え、人々が逃げ惑っていたに違いない。

「…………」

 引き抜いた少女の面を無遠慮に眺める。口には出さなかったがなかなか可愛い女の子だと実感していた。

ただ、青白いところをみると相当体調が悪いようである。バナナが頭に乗っている、かわいい女の子……他に気がついた事と言えば白い着物が少しだけ汚れていることだろうか。

「他に人は…いないしなぁ」

自分の近くに誰かがいたら助けを求めて学校へと向かうつもりだった。だが、あいにく近くに人はいなかったので見捨てるわけにもいかないだろう。

もう一度だけ辺りを確認するがあるものは電柱とゴミ箱……これらから助けてくれる人物が出てきたところで不審者としか思えなかった。

頼れるのは自分だけだと脳内で結論付ける。

「あの、大丈夫ですか」

 いや、大丈夫じゃなさそうだと考えなくてもわかっていたのだがお約束である。聞いておかないと気持ちが悪い、そんなものであろう。だ、大丈夫ですと言われた場合であっても嘘をついているのはばればれだ。大丈夫と答える人がゴミ箱から足を出しているわけがない。

「頭にバナナの皮が載ってますよ」

「………あ、暑い………」

「え、暑いって………」

 青空を見やる。そこには今日も輝いているお天道様があった。ごきげんなのか、例年の五月にしては比較的強い視線を有楽斎へと送っている。例年に比べれば暑いのだが、此処まで苦しむことではないと有楽斎は考えるも、人の基準と自分の基準なんて違うことはよく知っている。

 ともかく、日陰に連れて行ってあげることにした。そのあとに救急車を呼んだほうがいいだろう。どちらかというと霊柩車の方が似合っている気がしないでもない。

「えーっと、ともかく日陰に移動しますね」

「………」

 反応がないので急ぐことにした。手際が悪い、適切な処置を行わなかった…それらの後に待っているのは悲しいことだったりするのだ。この前そんなドラマを部室で見た、正確には見せられたような気がする。

辺りを見渡し、日陰を見つけたので素早く背負った。通学用の鞄が斜めがけのもので鬱陶しい。

置いて忘れてしまった場合、面倒をこうむることになるのは自分である。人助けをしていましたなんて言ったところで教師は信じてくれないだろう。

 日陰まで連れて行くと少女は先ほどよりもましになったのか瞼を開け、うつろな瞳を有楽斎へと向ける。

「………寒いところに、連れて行ってくれないかな。知っているなら、連れて行ってほしいんだ……」

 今にも消え入りそうな声だ。

「えっと………寒い場所かぁ」

 頭の中には『いざ、かまくら』といったことを呟く武士と、『貴方って冷たい男なのねっ』というセリフを吐き捨てる女性がいたりする。どちらも全く役に立たないものである。少々、彼も混乱しているのだろう。

「寒いところ……知らないかな」

 再び聞かれて現実に引き戻された有楽斎は唸る羽目になる。

「うーん………」

 ふと、頭の中に一か所だけ寒いところが浮かんだ。小さいころから絶対に近寄らなかった場所。別に怖いとかそういったものではなくて冷え性だからだ。あの場所だったら寒さで文句を言うことはないだろう。しかし、件の場所はただ単純に日陰だから、そんな理由で寒いとは思えなかった。幽霊でもいるのか、背筋がぞくぞくとくるような寒さである。

「わかりました。今から連れていきますからがんばってください」

「うん、ありがとう……」

 少女を背負うと、悪寒がした。それは風邪をひく一日前の夜に感じるようなもので、密着する彼女からは冷気しか感じることが出来なかった。人より軽く、人より冷たく、ただそんな言葉だけでは感じ表せないそんなもの。



 とりあえず、冷たかった。



 人に伝えるならこれが一番だろう。

「…………」

「はぁ………はぁ………」

 少女の息が先ほどよりも荒くなってきていることに気がつく。自分の首辺りに感じる彼女の息は冷気を纏っていた。

 急いだほうがいいかもしれない、この子は他のことは違う体質みたいだから。急いでいる有楽斎は他の視線に気が付いていなかった。その相手は、有楽斎と少女に向けてカメラを向け、ぱしゃりとシャッターを押すのであった。もちろん、有楽斎がそのシャッター音に気がつくほど心にゆとりをもった状態ではない。



――――――――



「つまり、お前は人を助けていたために遅刻したということか」

 まるでゴリラとマントヒヒを足した後に、鯉で割った顔をした国語教師。竹刀を肩にぽんぽんと当てている。

国語の授業を遅刻してきたものは授業を中断させてでも、教壇に呼び寄せられて怒られるのである。他の生徒たちの視線が痛いと感じさせる魂胆があるようだが………クラスメートたちは有楽斎のことに注目していない。

「ぶーんっ」

「さぁ、どうするよ」

「王手飛車取りっ」

「チェックメイトッ」

「………おお、おお、グランドクロスは近いぞよ……」

各々、紙飛行機を飛ばしたり、オセロをしたり、将棋をしたり、チェスをしたり、大宇宙との交信を行ったりしていた。

「はい、そうなんですっ」

 ありのままを、自分に起こった朝の出来事を事細かに説明したのだ。近年まれにみる詳しい説明が出来たと内心有楽斎は喜んでいた。

しかし、人生はそんなに甘いものではないのである。彼の説明を聞いた国語教師は目を見開いて言うのだった。

「嘘をつけっ」

「ええっ」

 あまりに大きな声で怒られた為にクラスの生徒たちは一斉に自分達が出していた物をしまっている。中には教科書を間違えてしまってエッチな本を机の上に出している生徒も一人いた。

「何故学校に連絡を入れなかったんだ」

「携帯電話を落としてしまったんですっ」

「嘘をつくんじゃない、そんな都合よく女の子がゴミ箱に入っているわけがなかろうっ。お前より長い間生きている俺は何故、独身なんだっ」

 最後のほうは何だか涙目だったりする。

 ああ、僕はどうすれば許してもらえるのだろうかと思いながら策を練る。しかし、思いつきなどしなかった、残念なことに。怒られるような行動を起こさないやつは対処に困ったりするのである。

「放課後、残ってみっちりと反省文を書いてもらうからな。お前が所属している部には説明しておいてやるから」

「うう………わかりました」

 これ以上こんな縦じまジャージを着た見た目体育会系、中身は国語の先生と話していても時間の無駄だと割り切った有楽斎は自分の席へと座る。

「はぁ……災難だ。人助けをしたのに報われないなんて現実って厳しいや」

肩を落としていると、その肩が軽く隣から小突かれた。

「これは有楽斎がかわいそうだ」

「信じてくれない教師もいれば、信じてくれる友人もいるもんだね」

 首を振る友人。当然、首をかしげる有楽斎。筋肉教師は一生懸命何かの説明をしているが二人の耳には届いていない。

「違うな、お前は嘘が甘い。あんな脳みそ筋肉みたいな先生ならちょっと高度な嘘をつけば騙せるのにな。ちゃんとした嘘をつけないお前がかわいそうだ」

 駄目だしされて有楽斎はため息をつくのだった。あんなゴリラに何を言っても無駄だろうと言う気持ちがないわけではないのだが、理不尽と言うものはそう言ったものだ。善い行いをしたとしても、それが自分に返ってくると言うわけでもない。

「やれやれ、話の分かる人なんて此処にはいないのかぁ」

「なぁに、俺はしっかりと見ていたから安心しろ」

 名もなき友人Aはそういって有楽斎の肩をたたくのだった。

「この娘っ子を助けたんだろ」

 教師が前にいることも顧みずに携帯電話のディスプレイを押しつけてくる。そして、もうひとつデジカメを取り出して押しつける。有楽斎はそれを見るとため息をついた。

「知っていたなら手伝ってくれてもよかったじゃないか。というか、証言してくれればよかったのに」

 まねたようにため息をつく友人A。しかし、顔はにやついている。

「何気ない出会いが恋の始まりになったりするんだろうよ………いや、待てよ」

 そこで首をかしげ、残念そうにため息をついた。有楽斎は出会いよりも助けるほうが先だろうにとため息をついている。

「すまん、俺が悪かったようだな。謝る」

「まぁ、終わったことだからもういいけどさ、それよりいきなりどうしたのさ」

「お前には既に嫁さんがいたな」

「いや、いないよ」

 まだ十六歳だから有楽斎には当然、嫁などいない。二次元に住んでいるお方と言うわけでもない。

「いいや、俺が知らないとでも思っているのか。野々村家の素晴らしい掟とやらで許嫁がいるんだろう。大体、この高校にいる奴は知っていることだろうに」

「確かに、許嫁はいるかもしれないけどさ」

「生まれてきたのが双子らしいからな。羨ましい限りか。二人の女性から『あなた』だなんて呼ばれるとは………詳しい事情は今度教えてくれよ」

 この学校にも猛者がいるんだなぁ、そんなことをつぶやいた友人Aの頭に白いチョークが突き刺さった。

「貴様ら、さっきからうるさいぞ」

 刺さったチョークは白い煙を上げており、くっきりと彼の額に跡を残している。

「すいませんでしたっ。有楽斎の奴が僕は悪くないんだ、愚痴を聞いてくれって言ってきたものですから」

「なにぃ、それは本当かっ」

 その後、有楽斎の反省文にうるさくしてすみませんでしたと言う文章が加わることとなった。


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