「待つ時間」
第6話です。
読んでくださってありがとうございます。
とても勇気をいただいています。
今回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
ローグの工房を出たあと。
フィラの足は、そのまま城の奥へと向かっていた。
(……大公様に……)
伝えたいことがあった。
今日のこと。
できたこと。
褒めてもらえたこと。
(……ちゃんと……言いたい……)
けれど――
歩くたびに、胸の奥がざわつく。
さっきまでの温かい気持ちが、少しずつ緊張に押し流されていく。
(……だいじょうぶ……)
小さく、自分に言い聞かせる。
◆
「こちらでございます」
ツェリに案内され、辿り着いたのは重厚な扉の前。
「大公様は中にいらっしゃるかと」
「……はい……」
小さく頷く。
深く息を吸い、扉をノックする。
◆
「失礼いたします」
扉が開く。
だが――
そこに、オズワルドの姿はなかった。
代わりにいたのは、ラースと見慣れない青年。
◆
「おや、フィラ様」
ラースが穏やかに微笑む。
その隣で、青年が一歩前に出た。
すっと背筋を伸ばし、丁寧に一礼する。
「初めまして。私は閣下の補佐官を務めております、ラルフと申します」
「……っ」
慌てて頭を下げる。
「よ……よろしくお願いします……フィラです……」
少し言葉が詰まる。
それでも、なんとか続ける。
「あの……大公様は……?」
◆
その時だった。
「……何だ?」
低い声が、背後から落ちる。
振り返る。
そこにいたのは――
オズワルドだった。
◆
一瞬で空気が張り詰める。
紅い瞳が、まっすぐにフィラを見下ろす。
変わらない、冷たい表情。
(……っ)
思わず肩がすくむ。
◆
その様子を見て。
ラースとラルフが、揃って小さく息を吐いた。
「……閣下」
「……少しは表情を和らげては?」
どこか呆れたような声。
だが、オズワルドは何も言い返さない。
ただ、視線をフィラへと向ける。
「……用件は何だ」
短く、問う。
◆
「……っ」
喉が詰まる。
けれど――
(……言う……)
ぎゅっと手を握る。
恐る恐る顔を上げる。
◆
「……お手伝い……見つけました……」
震える声。
「あの……くすし……?」
少し言葉に詰まりながらも続ける。
「……ローグ様の……薬作りの……お手伝い……」
◆
一度、息を吸う。
そして――
ぺこりと、深く頭を下げた。
「……させてください……」
◆
静寂が落ちる。
◆
「……ローグか」
オズワルドが、低く呟く。
その横でラルフが小さく肩をすくめた。
「先ほどまでご一緒でしたね」
「……ああ」
短い返事。
◆
再び、視線がフィラへ向く。
「……どうして、それをやりたい」
試すような声。
◆
「……できることが……あったから……」
ぽつりと答える。
「……役に立てて……」
少しだけ顔を上げる。
「……うれしくて……」
◆
「……そうか」
わずかに、声が柔らぐ。
「……好きにしろ」
短い言葉。
それが、許可だった。
◆
「……はい……!」
ぱっと顔が明るくなる。
「……ありがとうございます……!」
深く頭を下げる。
◆
その日から。
フィラは毎日、ローグの工房へ通うようになった。
薬草を見分けること。
火加減。
混ぜる力。
一つ一つを覚えていく。
上手くできれば、ローグは短く褒めてくれる。
それが、何より嬉しかった。
◆
そして――
手伝いを終えた後は、必ず。
大公の執務室を訪れた。
「……今日は……これをしました……」
拙いながらも、一生懸命に話す。
「……そうか」
短い返事。
けれど、ちゃんと聞いてくれる。
それが、嬉しかった。
◆
最初は緊張していた報告も。
少しずつ、言葉が増えていく。
表情も、柔らかくなっていく。
◆
――そして、いつの間にか。
「……今日は何をした」
オズワルドの方から、そう問うことも増えていた。
◆
夕刻。
執務室に差し込む光が、少しずつ傾いていく頃。
オズワルドは、ふと手を止める。
「……」
視線が、扉へ向く。
◆
まだ、来ていない。
それだけのことなのに。
わずかに、眉が寄る。
◆
――やがて。
小さく、遠慮がちなノックの音。
「……大公様……」
控えめな声。
◆
その瞬間。
「……入れ」
返した声は、いつも通り低い。
だが――
その奥にあるものは、ほんの少しだけ違っていた。
◆
扉が開く。
少しだけ緊張した顔。
けれど、どこか嬉しそうな表情。
◆
「……今日は……」
話し始めるその姿を見ながら。
オズワルドは、静かに息を吐いた。
◆
――いつの間にか。
この時間を、待つようになっていた。
第6話をお読みいただきありがとうございます。
少しずつですが、フィラと大公様の距離が変わってきているのを感じていただけたでしょうか。
毎日の小さな積み重ねが、ふたりの関係を少しずつ形にしていきます。
これからもゆっくりではありますが、大切に描いていけたらと思っています。
引き続き見守っていただけると嬉しいです。




