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迎えてくれた人

第3話です。


少しずつ身体が回復していく中で、フィラは自分を助けてくれた相手の立場を知ることになります。

それは安心ではなく、彼女にとっては「ここにいてはいけないのではないか」という不安へと繋がっていきます。


人の顔色を伺いながら生きてきたフィラにとって、優しさはまだ素直に受け取れるものではありません。


それでも――差し伸べられた手から逃げないように。


そんな小さな一歩の回です。

目を覚ましてから、数日が経った。


身体の重さはまだ残っているものの、少しずつ動けるようになってきている。


そんなある日――


「本日より、私がフィラ様のお世話をさせていただきます」


そう言って、深く一礼したのは、長い耳を持つ女性だった。


ふわりとした髪に、柔らかな微笑み。


どこか安心する雰囲気を持っている。


「ツェリと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「……あ……」


戸惑いながら、小さく頭を下げる。


(お世話……)


自分が、誰かに世話をされる立場になるなんて。


「……よ、よろしく……お願いします」


ぎこちなく返すと、ツェリは嬉しそうに微笑んだ。


「はい。お任せくださいね」


その言葉に、ほんの少しだけ、胸が軽くなる。



それから、ツェリはいつもそばにいてくれた。


食事を運び、着替えを整え、体調を気遣う。


「無理はなさらないでくださいね」


優しく声をかけられるたび、戸惑いながらも――


「……ありがとうございます」


そう言えるようになっていた。



「今日は少しだけ、お部屋の外に出てみましょうか」


ツェリに支えられながら、ゆっくりと廊下へ出る。


(……広い……)


見たこともないほど豪華な空間。


どこか、自分とは無縁の世界のように感じる。


「ここは……?」


「こちらは大公城でございます」


「……たいこう……?」


聞き慣れない言葉に首を傾げた、その時。


「おや、起きられましたか」


穏やかな声が後ろからかかる。


振り返ると、年配の男性が立っていた。


「私はラースと申します。この城で執事を務めております」


丁寧に一礼される。


「……あ……」


慌てて小さく頭を下げる。


「体調はいかがですかな」


「……だいぶ……よくなりました……」


ぎこちなく答えると、ラースは頷いた。


「それは何よりでございます。閣下もお喜びになりますな」


その言葉に、フィラの動きが止まる。


(……かっか……?)


胸の奥に、小さな違和感が広がる。


「……あの……」


恐る恐る口を開く。


「たいこう……って……」


ツェリとラースが顔を見合わせる。


そして、ラースが静かに口を開いた。


「貴女様をお助けになったお方は――」


一拍置いて。


「このユーフィリア帝国唯一の大公閣下であらせられます」


「……え……?」


思考が止まる。


(……え……?)


理解が、追いつかない。


「帝国を守る最強の守護にして英雄、そしてこのアーシアの領主」


淡々と告げられる事実。


「我らが主でございます」


(……そんな……人……?)


あの人が?


自分を助けてくれた、あの人が?


(……私……)


胸が、強く締め付けられる。


(そんな人に……)


世話をされている。


ここにいる。


「……っ」


視線が落ちる。


(迷惑……かけてる……)


その考えが、頭を埋め尽くす。


「……お部屋に……戻ります……」


小さくそう言って、その場を離れた。



部屋に戻ると、そのままベッドに座り込む。


(……どうしよう……)


頭の中で、同じ言葉が繰り返される。


偉い人。


とても偉い人。


(そんな人に……)


自分なんかが、世話をされていいはずがない。


(……ここにいちゃ……だめだ……)


膝を抱え、小さく丸くなる。



――どれくらい時間が経ったのか。


「……入るぞ」


低い声とともに、扉が開いた。


びくり、と身体が震える。


顔を上げると――


そこにいた。


銀の髪に、紅い瞳。


思わず、息が詰まる。


(……っ)


反射的に、身体がこわばる。


「……なぜ出てこない」


低い声が、静かに響く。


「……っ」


言葉が出ない。


「……体調が悪いのか」


一歩、近づいてくる。


それだけで、胸が強く跳ねる。


「……違い……ます……」


やっと、声を絞り出す。


「……ご迷惑を……おかけしてしまうので……」


俯いたまま、そう言った。


沈黙。


そして――


「……誰がそんなことを言った」


低く、抑えた声。


「え……」


思わず顔を上げる。


真っ直ぐに見下ろされる。


逃げ場がない。


「……お前は、ここにいていいと言ったはずだ」


はっきりとした言葉。


「……でも……私は……」


「でも、ではない」


遮られる。


「俺がいいと言った」


その一言が、強く響く。


「……顔を上げろ」


静かな命令。


恐る恐る、視線を上げる。


紅い瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。


「……逃げるな」


その言葉に、胸が大きく揺れる。


(……逃げてる……?)


「……お前は何もしていない」


低い声が続く。


「ただ倒れていただけだ」


少しだけ、呆れたように言う。


「……だから」


一歩、近づいてくる。


逃げようとした足が、止まる。


「余計なことを考えるな」


ぽん、と頭に手が置かれる。


「……ここにいろ」


あの日と同じ言葉。


けれど今は――


胸の奥に、少しだけ届いた。


「……はい……」


小さく、頷く。


怖い。


まだ、分からない。


それでも――


(……もう少しだけ……)


ここにいよう。


そう思えた。

第3話をお読みいただきありがとうございます。


自分を助けてくれた相手が「大公」という立場だと知り、フィラは一度距離を取ってしまいます。

これまでの生き方からすれば、それはとても自然な反応でした。


それでも、逃げずにいようとする小さな一歩。

そして、不器用ながらもそれを引き留めるオズワルド。


二人の距離はまだ遠いですが、少しずつ近づいていきます。


次回はフィラが「役に立ちたい」と動き出すお話です。

新しい出会いもありますので、ぜひ続きもお付き合いください。

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