迎えてくれた人
第3話です。
少しずつ身体が回復していく中で、フィラは自分を助けてくれた相手の立場を知ることになります。
それは安心ではなく、彼女にとっては「ここにいてはいけないのではないか」という不安へと繋がっていきます。
人の顔色を伺いながら生きてきたフィラにとって、優しさはまだ素直に受け取れるものではありません。
それでも――差し伸べられた手から逃げないように。
そんな小さな一歩の回です。
目を覚ましてから、数日が経った。
身体の重さはまだ残っているものの、少しずつ動けるようになってきている。
そんなある日――
「本日より、私がフィラ様のお世話をさせていただきます」
そう言って、深く一礼したのは、長い耳を持つ女性だった。
ふわりとした髪に、柔らかな微笑み。
どこか安心する雰囲気を持っている。
「ツェリと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「……あ……」
戸惑いながら、小さく頭を下げる。
(お世話……)
自分が、誰かに世話をされる立場になるなんて。
「……よ、よろしく……お願いします」
ぎこちなく返すと、ツェリは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。お任せくださいね」
その言葉に、ほんの少しだけ、胸が軽くなる。
◆
それから、ツェリはいつもそばにいてくれた。
食事を運び、着替えを整え、体調を気遣う。
「無理はなさらないでくださいね」
優しく声をかけられるたび、戸惑いながらも――
「……ありがとうございます」
そう言えるようになっていた。
◆
「今日は少しだけ、お部屋の外に出てみましょうか」
ツェリに支えられながら、ゆっくりと廊下へ出る。
(……広い……)
見たこともないほど豪華な空間。
どこか、自分とは無縁の世界のように感じる。
「ここは……?」
「こちらは大公城でございます」
「……たいこう……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げた、その時。
「おや、起きられましたか」
穏やかな声が後ろからかかる。
振り返ると、年配の男性が立っていた。
「私はラースと申します。この城で執事を務めております」
丁寧に一礼される。
「……あ……」
慌てて小さく頭を下げる。
「体調はいかがですかな」
「……だいぶ……よくなりました……」
ぎこちなく答えると、ラースは頷いた。
「それは何よりでございます。閣下もお喜びになりますな」
その言葉に、フィラの動きが止まる。
(……かっか……?)
胸の奥に、小さな違和感が広がる。
「……あの……」
恐る恐る口を開く。
「たいこう……って……」
ツェリとラースが顔を見合わせる。
そして、ラースが静かに口を開いた。
「貴女様をお助けになったお方は――」
一拍置いて。
「このユーフィリア帝国唯一の大公閣下であらせられます」
「……え……?」
思考が止まる。
(……え……?)
理解が、追いつかない。
「帝国を守る最強の守護にして英雄、そしてこのアーシアの領主」
淡々と告げられる事実。
「我らが主でございます」
(……そんな……人……?)
あの人が?
自分を助けてくれた、あの人が?
(……私……)
胸が、強く締め付けられる。
(そんな人に……)
世話をされている。
ここにいる。
「……っ」
視線が落ちる。
(迷惑……かけてる……)
その考えが、頭を埋め尽くす。
「……お部屋に……戻ります……」
小さくそう言って、その場を離れた。
◆
部屋に戻ると、そのままベッドに座り込む。
(……どうしよう……)
頭の中で、同じ言葉が繰り返される。
偉い人。
とても偉い人。
(そんな人に……)
自分なんかが、世話をされていいはずがない。
(……ここにいちゃ……だめだ……)
膝を抱え、小さく丸くなる。
◆
――どれくらい時間が経ったのか。
「……入るぞ」
低い声とともに、扉が開いた。
びくり、と身体が震える。
顔を上げると――
そこにいた。
銀の髪に、紅い瞳。
思わず、息が詰まる。
(……っ)
反射的に、身体がこわばる。
「……なぜ出てこない」
低い声が、静かに響く。
「……っ」
言葉が出ない。
「……体調が悪いのか」
一歩、近づいてくる。
それだけで、胸が強く跳ねる。
「……違い……ます……」
やっと、声を絞り出す。
「……ご迷惑を……おかけしてしまうので……」
俯いたまま、そう言った。
沈黙。
そして――
「……誰がそんなことを言った」
低く、抑えた声。
「え……」
思わず顔を上げる。
真っ直ぐに見下ろされる。
逃げ場がない。
「……お前は、ここにいていいと言ったはずだ」
はっきりとした言葉。
「……でも……私は……」
「でも、ではない」
遮られる。
「俺がいいと言った」
その一言が、強く響く。
「……顔を上げろ」
静かな命令。
恐る恐る、視線を上げる。
紅い瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「……逃げるな」
その言葉に、胸が大きく揺れる。
(……逃げてる……?)
「……お前は何もしていない」
低い声が続く。
「ただ倒れていただけだ」
少しだけ、呆れたように言う。
「……だから」
一歩、近づいてくる。
逃げようとした足が、止まる。
「余計なことを考えるな」
ぽん、と頭に手が置かれる。
「……ここにいろ」
あの日と同じ言葉。
けれど今は――
胸の奥に、少しだけ届いた。
「……はい……」
小さく、頷く。
怖い。
まだ、分からない。
それでも――
(……もう少しだけ……)
ここにいよう。
そう思えた。
第3話をお読みいただきありがとうございます。
自分を助けてくれた相手が「大公」という立場だと知り、フィラは一度距離を取ってしまいます。
これまでの生き方からすれば、それはとても自然な反応でした。
それでも、逃げずにいようとする小さな一歩。
そして、不器用ながらもそれを引き留めるオズワルド。
二人の距離はまだ遠いですが、少しずつ近づいていきます。
次回はフィラが「役に立ちたい」と動き出すお話です。
新しい出会いもありますので、ぜひ続きもお付き合いください。




