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「その手を離しても」

いつも読んでいただきありがとうございます。


今回は少し短めのお話となっておりますが、舞踏会編へ向けた大切な導入回になります。


親子としての時間と、公の場での立場の違い――その切り替えを感じていただけたら嬉しいです。


それでは、第20話です。

魔族の皇都ジェイドでは、本日開かれる晩餐会で皇宮も街も賑わっていた。


次々と各地から馬車が訪れる。


そして一際歓声を受けたのが、大公家の馬車だった。


黒い二頭の獅子の頭が描かれた紋章に、皇都の人々からも歓喜の声が上がる。


「我らが英雄、大公閣下!万歳!」


街の人々は手にした花びらを撒いて歓迎する。



馬車の中。


父の向かいに座っていたフィラは、あまりの華やかさに齧り付くように窓からその光景を眺めていた。


「すごいですね、父さま!大公領の外でも、みんな父さまを讃えてくれます!」


嬉しそうに、誇らしそうに。


満面の笑顔で皇都の民を見つめる。



その無邪気な様子に、オズワルドの頬がわずかに緩んだ。



舞踏会に参加するため準備を始めたこの数日。


フィラには、オズワルドとの“設定”が教えられていた。


フィラは聖女ではない。


その力は父であるオズワルドに由来するもの。


そして母が人間であるため、制御に難があること。



聡いこの子は、すぐにそれを理解した。


そして求められる通りに振る舞いながら、ローグのもとでさらに魔法の研鑽を重ねていた。




――だが。




こうして、仲の良い親子でいられるのも今だけだ。



皇宮では違う。



あくまで――


呪いのせいで跡取りを作れないオズワルドにとって、


突然現れた都合の良い存在を後継者として受け入れただけ。



そう振る舞わねばならない。



愛情を見せすぎれば。


呪いが発動しないことに、皇帝が疑念を抱く。




(……可愛がれるのは、今だけか)




ふいに。


オズワルドはフィラを抱き上げ、強く抱きしめた。



「父さま?」



驚くフィラをそのまま腕の中に閉じ込める。



「……しばらく、寂しい思いをさせる」



低く、押し殺した声。



「だが――必ず守る」




「皇帝からは、何があってもだ」




そして、少しだけ距離を取り、真剣な眼差しで言う。



「それと……決してライオやツェリから離れるな」




フィラは、その言葉をしっかりと受け止め――


小さく頷いた。



「……はい、父さま」




ほんの少し寂しそうに。


それでも、強い意志を宿した声で。



「フィラ、がんばります」




その言葉に、オズワルドの腕に込める力がわずかに強くなる。



(……こんなにも小さいのに)



守られるだけではなく、支えようとしている。



その健気さが、胸を締めつけた。



「……いい子だ」



そっと頭に口づけを落とす。



フィラはくすぐったそうに笑った。




やがて馬車は、ゆっくりと速度を落とす。



窓の外に現れたのは――



巨大な門。



魔族の頂点に立つ者の居城。


皇宮が、その威容を誇っていた。



「……着いたな」



オズワルドの声音が、僅かに変わる。



先ほどまでの柔らかな父の顔は消え、


そこにいるのは“大公”だった。




扉の外では、出迎えの者たちが整列している。



従者が恭しく扉を開けた。



先に降り立ったのはオズワルド。



その姿に、周囲の空気が一瞬で張り詰める。



そして――


振り返ることなく、手を差し出した。



「……来い」



短く、淡々とした声。




フィラは一瞬だけ、その変化に胸を締めつけられる。



だが――



(だいじょうぶ)



小さく息を吸い、その手を取った。



「はい、大公閣下」




あえて、そう呼ぶ。




その瞬間。


オズワルドの指が、ほんのわずかに強くフィラの手を握った。



だが、それも一瞬。


すぐに離される。



「……行くぞ」




こうして――



大公とその娘は、


それぞれ仮面を被りながら。



皇宮の中へと、足を踏み入れた。

第20話を読んでいただきありがとうございました。


今回は舞踏会へ向かうまでの導入ということで、少し短めのお話となりましたが、オズワルドとフィラの関係の変化や覚悟を感じていただけていたら嬉しいです。


次回はいよいよ皇宮での舞踏会が始まります。どんな出会いや思惑が待っているのか、引き続き楽しんでいただければと思います。

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