フィラという名
第2話です。
森で命を拾われた少女が、目を覚まし新しい一歩を踏み出します。
まだ怯えや遠慮が抜けないままですが、「ここにいていい」と言われることで、少しずつ心に変化が生まれていきます。
名前を選ぶ――それは、過去を手放し新しく生きる決意の始まり。
フィラとしての物語が、ここから動き出します。
目を開けると、見知らぬ天井が広がっていた。
(……ここは……?)
柔らかい感触に包まれている。
身体の下には、ふかふかの寝具。
こんな場所で眠った記憶はない。
(……あ)
ふいに、思い出す。
森の中。
冷たい空気。
迫ってきた魔獣。
「……っ」
息が詰まり、身体が強張る。
起き上がろうとして、力が入らなかった。
「無理をするな」
低い声が、すぐそばから聞こえた。
(……!)
驚いて視線を向ける。
そこにいたのは――
銀の髪に、紅い瞳。
そして、頭に生えた獣の耳。
(あの時の……)
助けてくれた人。
「……ここは……?」
かすれた声で尋ねる。
「俺の屋敷だ」
短く、簡潔な答え。
「お前は森で魔獣に襲われていた」
「……」
言い返せない。
あのままだったら、本当に死んでいた。
(助けて……くれた……)
じんわりと、胸の奥が温かくなる。
けれど同時に。
(……迷惑……かけてる)
その考えが浮かんでしまう。
助けられて、世話までされて。
また、自分は誰かに負担をかけている。
「あの……」
恐る恐る、口を開く。
けれど。
どう呼べばいいのか、分からない。
(なんて言えば……)
結局、そのまま言葉を続けた。
「……すみません……」
自然と出てきたのは、謝罪だった。
その言葉に、相手はわずかに眉をひそめる。
「なぜ謝る」
「……え……」
戸惑う。
なぜって――
「ご迷惑を……」
言いかけて、言葉が止まる。
(……迷惑……?)
「……迷惑ではない」
はっきりと、言い切られた。
「倒れている子供を拾っただけだ」
あまりにもあっさりとした言い方。
(迷惑……じゃない……?)
理解が追いつかない。
そんなこと、言われたことがなかった。
「……名前は」
問われて、はっとする。
(名前……)
美桜――
そう答えかけて、止まる。
(違う……)
この体は、美桜じゃない。
それに。
(もう……あんな風に生きるのは……)
胸の奥で、小さく何かが動く。
ほんの少しだけ。
「……フィラ」
気づけば、そう口にしていた。
それはよく読んで、憧れていた小説の主人公。
「フィラ……です」
言い終えると、少しだけ胸が高鳴る。
(……私が……決めた)
初めてかもしれない。
自分で選んだもの。
「フィラ、か」
小さく繰り返される。
「……そうか」
短く頷かれた。
「身体が回復するまで、ここにいろ」
その言葉に、目を見開く。
「え……でも……」
また、迷惑になる。
そう言おうとして。
「言ったはずだ」
静かに遮られる。
「迷惑ではない」
その声には、迷いがなかった。
「子供は大人しく休んでいろ」
「……」
言葉が出ない。
(ここに……いていい……?)
そんなこと、今まで一度もなかった。
「……はい」
小さく、頷く。
それだけで、胸がいっぱいになる。
「……いい返事だ」
ほんのわずかに、空気が柔らいだ気がした。
◆
部屋に一人残される。
静かな空間。
(……ここにいていい……)
その言葉を、何度も思い返す。
信じていいのか分からない。
でも。
「……フィラ……」
自分の名前を、もう一度呟く。
胸に手を当てる。
どくん、と鼓動が響く。
(ここで……)
ゆっくり目を閉じる。
(やり直せる……?)
怖い。
不安もある。
それでも。
「……がんばろう……」
小さな声が、零れた。
それはきっと――
フィラとして踏み出した、最初の一歩だった。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
フィラとしての「最初の一歩」を描いた回でした。
名前を選ぶこと、そして「ここにいていい」と言われること。
どちらも、これまでの美桜にはなかったものです。
まだまだ遠慮が抜けず、ぎこちないフィラですが、少しずつ変わっていきます。
次回は新しい出会いとともに、彼女の立場や周囲の状況が少しずつ見えてきます。
引き続き見守っていただけると嬉しいです。




