「守るための一手」
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回はこれまでの穏やかな日常とは少し雰囲気が変わり、物語が大きく動き始める回になります。
フィラの知らないところで進む大人たちの思惑や、それぞれの覚悟を感じていただけたら嬉しいです。
守るために何を選び、何を隠すのか。
そんな一面にも注目して読んでいただけたらと思います。
それでは、第18話です。
執務室の窓の外。
◆
庭を、元気に走り回る小さな影。
「ツェリ!こっちです!」
◆
「フィラ様、お転びになりますよ!」
楽しそうな声が、風に乗って届く。
◆
その姿を。
オズワルドは、静かに見つめていた。
◆
(……変わったな)
◆
かつてのフィラは――
人の顔色ばかりを伺い。
迷惑をかけぬようにと怯え。
“役に立たなければ捨てられる”と。
そんな考えに縛られていた。
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子供らしさなど、どこにもなかった。
◆
だが今は違う。
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笑い。
走り。
時には転びそうになっても笑っている。
◆
年相応の、ただの子供としてそこにいる。
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(……ようやく、か)
◆
その姿に。
知らず、口元が緩む。
◆
だが――
◆
視線を、机へ落とす。
◆
そこに置かれた、一通の便箋。
◆
途端に。
オズワルドの表情から、温度が消えた。
◆
「あれだけの力を見せつけたのです……」
ラルフが、苦々しく口を開く。
「いずれ知られるとは思っていましたが……」
◆
ラースもまた、静かにため息をついた。
「もともと目を逸らすために間者を泳がせておりましたが……」
「裏目に出ましたな」
◆
「ああ……」
◆
短く、応じる。
手を伸ばし、便箋を掴む。
◆
封筒に押された紋章。
それは――
この国の頂点に立つ者の印。
◆
(……皇帝)
◆
いずれは知られると思っていた。
だが。
“フィラの存在が知られた”という事実は。
想像以上に重かった。
◆
(……あの男に知られた)
◆
胸の奥が、ざわりと波立つ。
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守るべきものがある今。
その存在は、あまりにも厄介だった。
◆
窓の外では。
フィラが、笑っている。
無邪気に。
何も知らずに。
◆
(……絶対に)
その笑顔を。
奪わせるわけにはいかない。
◆
「……ライオとローグを呼べ」
低く、命じる。
「『フィラは絶対に守る』」
「……そのための手段を考える」
◆
その瞳には、もはや迷いはなかった。
◆
父として。
守り抜くと、決めたのだから。
◆
◆
ツェリには、執務室へ近づかせぬよう言い含めた。
◆
「フィラをできるだけ外で遊ばせておけ」
「……かしこまりました」
◆
事情を察したツェリは、静かに頭を下げる。
◆
そして――
執務室には、五人の男が顔を揃えていた。
◆
重苦しい空気の中。
最初に口を開いたのは、ローグだった。
◆
「まぁ……領内では閣下の娘として公表しておるんじゃ」
白い顎髭を撫でながら、淡々と告げる。
「皇帝にフィラの存在が知られるのは、時間の問題じゃったろう」
◆
「……しかし」
ラースが、わずかに眉を寄せる。
「聖女であることは、何としても隠すべきです」
◆
「ええ……」
ラルフも、重く頷いた。
「人間の皇帝と大差ないほどの強欲さを持つ男です」
「フィラ様が聖女と知れれば……利用するだけ利用し、どれほど酷い扱いをなさるか……」
言葉の先を、飲み込む。
◆
「……俺は、頭は良くねぇが」
低く、ライオが口を開いた。
「……あの皇帝が相手なら」
「……姫様がどんな目に遭うかくらいは、想像がつく」
苦々しく、拳を握る。
「……姫様は、優しすぎる」
◆
沈黙が落ちた。
誰もが同じものを思い描いている。
◆
――フィラが傷つく未来を。
◆
「……だからこそだ」
オズワルドが、口を開く。
◆
その声は、低く、そして揺るがない。
「フィラが聖女であることは、完全に隠す」
◆
一人ひとりを見渡す。
「……そのために、皆の知恵を貸してほしい」
◆
その言葉に。
全員が、迷いなく頷いた。
◆
敬愛する主の願い。
そして――
守りたいと願う少女のために。
◆
「ふむ……」
ローグが思案するように顎に手を当てる。
「全属性魔法が使えることは、公表してもよいかもしれんのう」
「珍しくはあるが、全くおらんわけではない」
「儂もそうじゃしな」
◆
「なるほど……」
ラルフが続ける。
「では、閣下のご息女であるが故に魔力が高い……」
「しかし、半分が人間であるため制御が未熟、という設定はいかがでしょう」
◆
「確かに……」
ラースが頷く。
「それ故にローグ殿の指導を受けている、とすれば自然です」
◆
「……先の戦いについても」
ラルフがさらに言葉を重ねる。
「父を想うあまり魔力が暴走した、とすれば」
「……あの規格外の力も、説明はつくでしょう」
◆
「……優しい方だというのは領内の皆が知っている事だしな」
ライオも低く唸る。
「“守りたい一心で暴走した娘”なら……疑われにくい」
◆
それぞれの意見が、形を成していく。
◆
だが――
オズワルドは、静かに目を細めた。
◆
(……それでも足りん)
オズワルドは、静かに目を伏せる。
◆
フィラはまだ知らない。
◆
だが――
ここにいる全員が、理解している。
◆
魔族の皇帝という男が、どういう存在かを。
◆
あの男は。
ただの強欲な支配者ではない。
◆
英雄の血を引く一族――
すなわち、オズワルドの一族を。
明確に“危険”と見なしている。
◆
だからこそ。
呪いをかけた。
一族の力を削ぎ。
その未来すら縛るために。
◆
(……あの男は、容赦がない)
◆
その呪いに。
オズワルド自身も、長く苦しめられてきた。
心を蝕み。
感情を削り。
誰かを想うことすら、遠ざけるほどに。
◆
(……フィラがいなければ)
◆
あの光がなければ。
自分はきっと――
人を愛することすら、できなかった。
◆
そんな男に。
フィラの存在を知られたのだ。
◆
それが意味するものは――
あまりにも、重い。
◆
(……渡すわけにはいかない)
たとえ何を犠牲にしても。
◆
あの男の手に。
フィラを渡すなど。
絶対に、あり得ない。
◆
(……だからこそ)
ただ隠すだけでは、足りない。
守るためには。
もう一手――
決定的な手が必要だ。
◆
「……もう一つ、必要だ」
低く告げたオズワルドの言葉に、四人の視線が集まる。
◆
「疑われたとしても、強引に手を出せぬ理由がな」
◆
「……それは?」
ラースが静かに問う。
◆
オズワルドは、一度だけ窓の外を見た。
◆
笑っているフィラの姿。
◆
そして――
再び視線を戻す。
◆
「……フィラを、正式に大公家の後継者とする」
◆
その一言に。
場の空気が、張り詰めた。
◆
「……後継者、ですか」
ラルフがゆっくりと繰り返す。
「フィラ様を大公家の……次代を担う者として、正式に?」
◆
「ああ」
オズワルドは迷いなく頷いた。
◆
「ただの“娘”ではない」
「この領を継ぐ者として、内外に示す」
◆
「……なるほど」
ラースが目を細める。
「そうなれば、皇帝といえど軽々しく手出しはできませんな」
◆
「だが、それだけではまだ弱いのう」
ローグが腕を組む。
◆
「相手はあの男じゃ。理由があれば踏み越えてくる」
◆
「……だから、もう一つ重ねる」
オズワルドの声が、さらに低くなる。
◆
◆
「フィラの力は“聖女のもの”ではない」
◆
その言葉に。
ライオが、わずかに目を見開いた。
◆
「……どういうことです?」
◆
「“我が一族の力”とする」
◆
一瞬の静寂。
◆
「……っ、それは……!」
ラルフが息を呑む。
◆
「英雄の血を引く大公家には隠された力がある。後継にのみ現れる、特異な力が」
◆
「そういうことに、する」
淡々と語られるが。
それがどれほどの意味を持つか、全員が理解していた。
◆
「……確かに、それならば」
ラースが頷く。
「聖女ではなく、“血統の問題”となる」
「他者が奪ってどうにかできるものではない、と」
◆
「……あの皇帝が最も嫌う形ですな」
ラルフが低く呟く。
「手に入れても意味がないとなれば……優先度は下がる」
◆
「加えて」
オズワルドが言葉を重ねる。
「フィラは“次代の大公”だ」
「手を出すということは、この領そのものへの敵対行為と見なす」
◆
「……戦を辞さぬ、という意思表示ですな」
ラースの声に、わずかな熱が混じる。
◆
「ああ」
迷いのない一言。
◆
ライオが、ゆっくりと口角を上げた。
「……面白ぇ」
「それでこそ、俺たちの主だ」
◆
ローグもまた、くくっと喉を鳴らす。
「ほっほ……ずいぶんと思い切ったのう」
「じゃが……嫌いではない」
◆
ラルフとラースも、それぞれに頷く。
「よろしいでしょう」
「全力で、整えましょう」
◆
全員の意思が、一つにまとまる。
◆
オズワルドは、静かに目を閉じた。
(……これでいい)
やっと得た大切な存在。
それを守るためならば。
どんな嘘も、どんな策も使う。
◆
そして。
「……絶対に、渡さん」
◆
その呟きは。
誰にも聞こえぬほど小さく。
◆
だが――
何よりも、強い決意だった。
第18話を読んでいただきありがとうございます。
今回は少し視点を変えて、フィラの見えないところで動く話となりました。
穏やかな日常の裏で、守るために様々な決断が下されていく様子を書いています。
オズワルドをはじめとする大公家の面々が、フィラをどう守ろうとしているのか。少しでも伝わっていれば嬉しいです。
これから物語は少しずつ緊張感のある展開に入っていきますが、その中でもフィラの成長や親子の関係も大切に描いていきたいと思っています。
引き続き見守っていただけたら嬉しいです。次回もよろしくお願いいたします。




