太陽の王国へ
訓練場を出ると、
昼の光が強かった。
石の床が熱を帯びている。
背後では、
まだ剣士たちのざわめきが続いていた。
リオラが隣を歩く。
くるりと振り向き、
にやりと笑った。
「ねえ」
「また訓練、付き合ってあげてよ」
軽い調子だった。
「メルク、ああ見えて真面目だからさ」
「たぶん今日のことで、また火がついちゃってるよ」
少し歩いてから、
ふと思い出したように言う。
「あ、そういえば」
レグルスを見る。
「話すの、上手くなったね」
「最初会ったとき、ちょっと訛ってたでしょ?」
首を傾げる。
「まあ、別にいいんだけど」
理由を聞くつもりはなさそうだった。
ただの感想のように、
言っただけだった。
数歩進んでから、
また思いついたように続ける。
「それとさ」
「どうせ行くあてもないんでしょ?」
悪びれもなく言う。
「だったら、このまま私の護衛してよ」
軽く手を振る。
「寝る場所もご飯も、困らせないからさ」
レグルスは、何も言わない。
リオラも、返事を待たない。
「あ、そうだ」
ぱっと顔を上げた。
「早速なんだけど、お願いがあるの」
足を止めて、
くるりと向き直る。
「太陽の王国の遺跡に行く道ね」
「最近、魔獣が出るのよ」
少し間を置く。
「でっかいやつ」
指で大きさを示す。
「それのせいで、調査隊が近づけなくてさ」
困ったように肩をすくめた。
「場所はね」
「大きな岩が、こう……裂けたみたいになってるところ」
手で空中を割る仕草をする。
「“神の爪痕”って呼ばれてる場所」
レグルスは、黙って聞いていた。
リオラは、もう結論を出していた。
「そこにいるはずだから」
「倒してほしいのよ」
少し考えるような顔をして――
すぐに頷く。
「うん」
「明日行こ」
決定だった。
レグルスは、
何も言わない。
リオラは満足そうに笑う。
「よし」
「じゃ、決まりね」
話は、
それで終わった。
夜。
城の一室。
窓の外には、王都の灯りが見える。
レグルスは、ひとり椅子に座っていた。
静かな部屋。
昼の喧騒が嘘のようだった。
ふと、言葉が浮かぶ。
太陽の王国。
アウレリア。
その名が、
記憶の奥に触れた。
視界の奥で、
別の景色が重なる。
剣の音が響いていた。
乾いた衝突音。
鋼がぶつかり合う。
目の前で剣を振るっているのは――
大きな体の男だった。
豪快に笑う。
「ガッハッハ!」
剣を肩に担ぐ。
「剣なら、まだ俺の方が上だな」
アウレリア剣士団団長。
レグルスは息を整えながら言う。
「さすがに」
「アウレリアの剣士団団長にかなうとは思ってませんよ」
その横で、
皇子が腕を組んでいた。
呆れた顔で言う。
「レグルスもおかしいんだよ」
「セレナリス生まれのくせに、なんでそんなに剣が強いんだ」
レグルスは、軽く肩をすくめる。
「皇子は」
「もう少し強くならないと」
皇子が顔をしかめた。
「うるせーな」
剣を地面に突き立てる。
「お前たちが強すぎるだけだ」
団長がまた笑う。
「違いねえ!」
訓練場に、
笑い声が広がっていた。
その光景は、
遠い記憶の中のままだった。
笑い声が、まだ残っていた。
乾いた衝突音。
剣がぶつかる音。
団長の豪快な声。
皇子の不満そうな顔。
その景色は――
ふっと消えた。
部屋は静かだった。
窓の外は、朝の光だった。
軽いノックの音。
レグルスが顔を上げる。
返事をするより早く――
扉が開いた。
「おはよ」
リオラだった。
顔の半分を布で覆っている。
頭には、砂よけの布。
長い外套も、砂漠用の装備だった。
普段の王族の姿とは、だいぶ違う。
「準備できてる?」
部屋の中を覗き込みながら言う。
「そろそろ出発しようか」
言いながら、もう踵を返していた。
城の裏手。
人通りの少ない厩舎だった。
馬が二頭、用意されている。
荷袋。
水袋。
野営道具。
リオラは手綱を確かめながら言った。
「今日さ」
振り向く。
「順調にいったら、そのまま太陽の王国の遺跡まで行こうと思うの」
軽く荷袋を叩く。
「野宿の準備もしてあるから」
それから、思い出したように聞く。
「馬、乗れるよね?」
すでに、
レグルスの馬も用意してあった。
答えを待つ様子はない。
リオラはさっと鞍に乗る。
城壁沿いの小道へ馬を向けた。
正門とは逆方向。
城の裏手にある、小さな門だった。
門番の姿は見えない。
このまま出られそうだった。
だが――
後ろから声が飛ぶ。
「アウローラ様!」
兵だった。
慌てて駆け寄ってくる。
「どちらへ行かれるのですか!」
リオラが振り向く。
「……やば」
小さく呟いた。
すぐに手綱を引く。
馬が前へ跳ねた。
「行こ!」
そのまま門を抜ける。
背後で兵の声が響いた。
「アウローラ様!」
「そちらは魔獣が出ます!」
声は、まだ続いていた。
だが――
二頭の馬は、もう街道を走り出していた。
太陽の王国へ向かって。




